「資本論」新版の刊行に寄せて、座談会が掲載されている。
実にグッドタイミングで、萩原伸次郎さんも参加されている。萩原さんは北海道AALAの55周年記念講演会で講師を勤めてもらうことになっている。これでチケット20枚くらいは上乗せできそうだ。

とりあえず、座談会のキモを列挙しておく。

1.第一部は第一版とフランス語版・第3版の異同を詰め、全体としてフランス語版よりに再編集したこと。

2.第2部は商品市場と金融市場の乖離問題を浮き彫りにするよう編集されている。論理構成とは別に執筆時期から言えば、第2部こそがマルクスの理論作業の最終到達点であるから、ここから資本論全体を上向き、下向きにレビューしなければならない。

3.第3部は第2部の後半草稿より以前に書かれたもので、本来は第2部で到達した理論水準に基づいて書き直しが必要なものである。

この辺は、この間の草稿の読み直しによって随分明らかになってきたことである。

私は、この理論がベーム・パヴェルクの「価格形成論」からみた批判への回答になっていると思うし、この点でエンゲルスの解答がまるでトンチンカンであることも証明できるのだと思う。

4.佐藤金三郎さんと中期マルクス

一つ、私が興味を持ったエピソードで、萩原さんが同僚であった佐藤金三郎さんの思い出を語っているところがある。実は佐藤さんの「資本論研究序説」は私が最も興味深く、かつ共感を持って読んだ本の一つである。

佐藤さんは「中期マルクス」と言われる57年草稿、いわゆる「要綱」の検討を通じて、マルクスの思想的ジャンプアップを分析している。

最近考えるにあたっては、佐藤さんのいう「中期マルクス」の主たる営為は、じつはヘーゲルの「法の哲学」の再読み込みではなかったのかと思うようになっている。

当初はヘーゲルを読んでいたの思いつきであったが、アレントを紹介した論文を読んでいて、これはかなり確信に変わりつつある。

4.商品市場・貨幣市場・信用市場

マルクスはこの作業を通じて構築した論理で、一気呵成に資本論まで進んでいった。ただ一気に行ったために論理が荒っぽくなっていた。そのために商業資本の分析のところでケタグリをかけられ、盛大にコケてしまったのではないか。

商品市場のうえにもう一つ乗っかるべきカテゴリーがある。それが金融市場であり信用市場である。それは価格実現という「命がけの跳躍」が、否応無しにもたらしめるものである。
これらの市場は最初は控えめな助言者として現れるが、まもなく鉄の論理の体現者として君臨することになる。その市場の論理は商品市場の論理と完全に一致せず、ますます乖離するようになる。
この市場の介在によって商品市場が引き裂かれていく過程を書き込んでいかないと、資本論は完成しない。

そこで問題は、マルクスがそれをやり遂げたのだろうかという話になる。第二部草稿の読み込みがさらに必要になっていくのであろう。

5.自由時間について

自由時間の議論はおそらくヘーゲルの影響を受けたものである。
カント主義者たるヘーゲルにあって、自由時間はレジャーではない。むしろ自己陶冶の時間である。
ということもあるので、自由時間の問題はもう少し吟味をしておきたいところである。