キルギスで政変があり、前大統領が逮捕されたという。
しかし目下のところまったく予備知識がない。トルクメニスタンに次ぐ未知の国である。

中央アジアという地域

大体中央アジアにいくつ国があるのかさえ言えない。もっとも中央アメリカの国を全部言えるのもかなりのオタクであろうが。
(答えは五か国、これに新疆ウイグル自治区を加えれば6つになるが、とりあえずおいておく)
中央アジア地図

ウィキペディアで中央アジアの歴史を調べると、10分もしないうちにめまいがしてくる。
人種・文化・歴史のるつぼだ。とても定義などできそうもない。逆にそれが中央アジアのアイデンティティーとも言える。

各共和国の国境線はソ連によって人為的に引かれたものらしい。民族分布とは必ずしも合っていない。それにしても雑然としている。

中央アジアにおけるキルギスの位置

北西部の三国が面積も広く石油資源を持つのに比べ、キルギスとタジキスタンは山の中の小国で、これと言った資源もない。

キルギスの場合面積が20万平方キロで日本の半分、人口が600万人で、北海道並み、一人あたりGDPは30万円強という超貧乏国だ。というより貨幣経済が発達していない国というべきかも知れない。

ということで、この2カ国については別のメガネで見ていく必要がありそうだ。

キルギスの政治

そろそろ主題に入ります。

ウィキペディアによれば、「中央アジア5カ国で最も民主的」な国なのだそうだ。政党の活動は自由であり、共産党をふくむ約40の政党が活動している。

したがって政権交代も頻繁だ。ただし歴代大統領はすべて敗北後に亡命しているそうで、「荒っぽい民主主義」なのかも知れない。

91年の独立からアカエフが大統領職にあったが、独裁傾向を強めた。このため2005年の「チューリップ革命」で打倒された。名前とは異なり、群衆による暴動の色彩が強く、「革命」後に混乱に陥った。

バキエフが大統領に就任したが、これも2010年に放逐された。

2011年からはアタンバエフが大統領に就任した。アタンバエフは任期を完うし17年に引退した。

後任大統領となったジェエンベコフは、公共事業に絡む汚職や暴力団との関係容疑でアタンバエフを追及した。

今年6月、議会が訴追免責特権を剥奪した。アタンバエフは出頭要請に応じず自宅に立て篭った。

このため、数千人の治安部隊が投入されアタンバエフを拘束した。このときの銃撃戦で死者も出ている。

これが概略の経過である。

時事ドットコムニュースによると、
退任後も影響力を残す前大統領にジェエンベコフ氏が反発し、友人同士だった2人はすっかり険悪になった。
らしい。

いろいろあたってみたが、どうもアメリカなりロシアなりの影響というものは感じられない。つまり脱イデオロギー的な「革命」であるらしい。


という北大スラブ研の論文があって、その中で著者は大略次のように問いかけている。

清新に見えた政権がやがて腐敗して、「ピープル・パワー革命」が何度も繰り返されるという事態はおなじみのものだ。

根本的な変革でも単なる政変でもない、それなりに広い社会層の直接行動によって行われる政権交代を、「革命」として一般化するのではなく、独自の現象として研究する必要がある。

とりあえずはそんなところでしょうか。

8月16日
下記もご参照ください
キルギスにおける米国のプレゼンスについて