曽畑式土器

以下はウィキペディアからのもの

縄文時代前期の曽畑貝塚(熊本県宇土)から出土した土器。

鬼界カルデラ大噴火後に始まった文化とされる。
朝鮮半島の櫛目文土器とは表面の模様のみならず、粘土に滑石を混ぜるという点も共通しており、櫛目文土器の影響を直接受けたものと考えられている。
遺跡そのものは南島系海人族のものであり、櫛目文土器の造り手であるウラル系民族から製法を学んだのではないかとされる。

南九州縄文文化との関連(私の感想)

「南島系」という表現にはかなりの違和感を感じる。

鬼界カルデラ大噴火は約7,300年前とされており、それまでの間に南九州にはかなりの規模で縄文文化が確立していた。この南九州人はもともと日本列島にいた旧石器人の流れの上にあり、寒冷期(2.5万年~2万年前)に南下してこの地域に住み着いたと考えられる。

この文化はほぼ絶滅してしまうのだが、その一部は北九州に移動して本州から浸透してきた縄文文化と合体したと思われる。これに半島系の人々が交わっている可能性もある。そうして縄文晩期人が形成されたのではないか? と目下のところは考えている。