妻の死にまつわる3つの不思議

1週間前、妻が死んだ。わざわざブログに書くほどの話ではない。…のだが…
とにかくやっと落ち着いて、気がついてみたら不思議な事がある。書いてもしようがないのだが、書かないと落ち着かなくてしようがない。

どう死んだのか

妻は「多系統萎縮症」(進行性の神経疾患)で、かなり長いこと在宅の寝たきり生活だった。10年前の失行・眼振・低血圧に始まり、構音障害、失声、嚥下困難と順を踏んで進んだ。律儀な病気である。このところ痰の量が増えて気になっていた。

容態を見計らって飯を食いに行って帰ってきたところ、呼吸困難となっていた。

長年医者をやってきたので、「やばい」ということはすぐわかる。病院に電話して、指示に従い救急搬送を依頼した。到着後間もなく心肺停止となった。

急変時の対応はできなかったが、死亡を看取ることはできた。とにかく十年の闘病生活が終わった。

最初の不思議

夫婦二人の生活だったから、すべて自分が対応しなければならない。葬儀屋の対応や身辺整理は友人がやってくれたが、とにかく次から次へと判断が求められる。

最初、一番悩んだのは葬儀会場に飾る遺影の選択である。「これがいい」と前から選んであった写真は、業者から次々はねられる。「これでは原画が悪すぎて、とても額縁写真にはなりません」というのだ。

そして業者が集合写真の一枚に目を留め、「これにしましょう」というのだ。私もあきらめかけて、「まぁそれでいいことにしようか」と言った途端、妻の寝室で「ドカン!」と大音響。

なんと、長年部屋の片隅においてあった小型消火器が爆発したのだ。白い粉末が天井まで飛び散り、薬品臭で部屋中が満たされた。

「怒ったぞ!」

これには業者もシュンとなり、私の選んでおいた、いささかピンぼけの写真を修正して使うことにした。

マボロシの女性との握手

お通夜が終わって、二、三杯のビールを飲んで、そのままバタンと寝た。

こういう寝方は、実は一番良くないのである。しばらくしたら必ず目が覚める。トイレに行ったら最後、夜が白み始めるまで、喪主でなくても眠れないのだ。

このとき、重大なことを思い出してしまったのだ。あの晩、飯を食っていると突然後ろから声をかけられた。振り向くと後輩のお医者さん。今はある病院の病院長をしている。

いろいろと話しかけられて、こちらも妻の容態の話、自分の介護の話など話した。それが「告白」のように聞こえたのであろうか、連れの女性がそっと手を出して私の手を包んでくれた。

こちらも人情もろくなっていたのか、なにげなしに手を握り返した。そうするとその女性はもう片方の手も差し出して、ぬくもりを倍返ししてくれたのである。

ほんの一刻だったが、1分にも2分にも感じられた。その時はただ嬉しく終わったのだが、ひょっとして、あの手の主は世を忍ぶ仮の姿で、実は妻だったのではないか?

時間は合わないでもない。あれから空を飛んで帰ったらピッタリかもしれない。それから、妻は急変したのではないのだろうか。
そう思ったらもう眠れなくなった。

失せ物、あるいは神隠しの予言?

朝が来て告別式の準備が始まった。控え室のテレビではモーニングショーで占いコーナーの放送が流れている。

「おとめ座の皆さん、ごめんなさい。本日は最悪です。失くし物に注意してください」

まさに私はおとめ座で、最悪で、しかも失せ物をしてしまったのだ。スライドショーを終わって、いざ引揚げようというときに、フォト・ファイルを入れたハードディスクがない。

全700ギガ。これまで撮りためたデジタル写真が、あの中にすべて入っている。音楽ファイルもすべて入っている。基本的には一巻の終わりなのだ。

ただ3、4年前に今のハードディスクに乗り換えたので、それ以前のファイルは古い方のハードディスクに残っているはずだが…

まぁ、こちらの方は持ち去るほどのものでもない。いつかは出てくるような気もしているので、あまり絶望はしていない。こういうのを「根拠のない楽観論」という。

ついでに、妻についても一言

つまり、なかなか情念の強い女性であった。そのくらいのことはするかもしれない。それでも、もう、こういうことはないだろう。