ジョン・ボルトンと彼を支える「システム」

はじめに

前回、ハノイの米朝首脳会談が潰れたとき、テレビのニュースを見ていて、「アッ、こいつが潰したんだな」とかんじたので、なんの論証もなくそのまま文章にしました。

それが以下の記事です。
この話には伏線があって、第一回目の首脳会談のときにも妨害活動の先頭に立ったのがボルトンだったのです。
それについて書いたのが下記の記事です。

私の第一感は正しかったようです。まもなくニューズウィークがそれを裏付ける記事を組みました。それが下記のものです。

ハノイのボルトン
  1日目の会談に出なかったボルトンは突如2日目に会談に姿を表した
ボルトンは、ハノイでの27日夜の夕食会には出席しなかった。
米朝会談の2日目、突然ボルトンがこれみよがしの席に着席した。会談の準備を進めてきたビーガンは後方席に座った。
周知の通り、その後会議は流産した。トランプは本気で会議を成功させようとしたのに、どうしてか。

韓国統一部元長官がこう語っている。
会談2日目の28日朝の時点では「ほぼ100%楽観的」だった。
しかし土壇場になって、ボルトンが「核兵器だけでなく、保有する生物・化学兵器についても報告義務を課す」と言い出した。
この結果、会議は合意に至らなかった。

ニューズウィークは不思議なことにそれ以上は掘り下げず、もう一つの謎に迫ろうとしない。「なぜトランプはボルトンのちゃぶ台返しを許したか」を書いていない。しかしそれは明らかに取引だ。

米朝交渉の流産と、ロシア疑惑追及の中止をトレードオフするという取引だ。現にロシア疑惑はうやむやに幕引きされようとしており、トランプ再選の芽すら出てきた。
それをできるのはFBIにこれ以上の追及を思いとどまらせる力を持った「システム」だけではないか。ボルトンはその「システム」の尖兵と考えるべきであろう。



今後のこともあるので、この際ボルトンについてのまとめ記事を掲載します。

1.ボルトンの経歴と実像

ウィキペディアによれば
ボルトン(John Robert Bolton)は1948年ボルチモア生まれ。
1970年にイェール大学を卒業、1974年イェール・ロー・スクール修了。
高校時代からゴールドウォーターの選挙運動に参加するなど保守派で、転向者という意味でのネオコンではない。親イスラエル派、親台派の代表的人物と見なされている。
ヘルムズ上院議員の補佐官を経て国際開発庁および司法省に勤務した。クリントン政権期は保守系シンクタンクに在籍し、クリントン批判を続けた。
2001年、ブッシュ政権によって国務次官(軍備・安全保障担当)に任命された。金正日を「圧政的な独裁者」と呼び、北朝鮮で生きることは「地獄の悪夢」などと発言した。北朝鮮はボルトンを「人間のクズ」と評した。
対イラク開戦では開戦推進派として戦争への流れをつくった。彼は大量破壊兵器疑惑が誤りだったと判明したあとも、戦闘継続を主張した。

2.ボルトンの国連観

2005年、国際連合大使に任命されたが、上院で承認されず未着任のまま満期辞任する。
しかしこのときの推薦名簿は、そのまま彼の支持母体を示している。ウィキペディアによれば、5人もの共和党政権の国務長官が連名で推薦した。すなわちキッシンジャー、ベーカー、シュルツ、ヘイグらである。これがおそらく「システム」の国務省系列であろう。
ウィキペディアによれば彼の国連観は以下のようなものであった。
「国連などというものはない。あるのは国際社会だけで、それは唯一のスーパーパワーたるアメリカ合衆国によって率いられる」

浪人中は極右の大物としての発言を続けた。
イランの核爆弾を止めるために、イランを爆撃せよ(To Stop Iran’s Bomb, Bomb Iran)
イランへの爆撃や北朝鮮への先制攻撃も主張している。
またオバマの広島訪問を「恥ずべき謝罪の旅」と強く批判している。



3.「悪魔の化身」となったボルトン

トランプは大統領選挙のさいにボルトンを国務長官候補として検討していた。そして3月にマクマスター大統領補佐官を電撃解任したトランプは、ボルトンを後任に任命した。
3月29日、ボルトンと会った当時の「狂犬マティス」国防長官は、「あなたのことは悪魔の化身だと聞いている」と挨拶している。
4月9日、国家安全保障担当補佐官に就任したボルトンは、1回目の首脳会談を前にして突如「リビア方式」を提唱。日本や韓国のタカ派と共謀して会議の流産を図った。
会談のぶち壊しに失敗したボルトンだが、今度はシリア軍事攻撃をトランプに強くもとめた。さらにアサド政権の後ろ盾であるロシアやイランへの対処を含む「より大きな戦略」を訴えた。
その後も中距離核戦力全廃条約(INF)の破棄や、イラン核合意からの離脱を推進した。18年秋には、国防総省に対し、イラン空爆のための軍事オプションを提示するよう求めた。
こうしてただの反共ポピュリストに過ぎなかったトランプは、極右のハードライナーとしての姿勢を露わにしていくことになった。