私たちはこれまで、マルクスがヘーゲルの弁証法を唯物論的に改造し、史的唯物論を打ち立て、古典派経済学の成果を引き継いで社会主義革命の理論を打ち立てたのだと考えてきた。

しかしそれは間違いではないが、不正確なのではないか。そんな気がしてきている。

彼の資本論にけるアイデア、とくに歴史的な視点、社会経済学的な視点はかなりの程度においてヘーゲルの市民社会論を直接引き継いだものであるように思われる。

古典派経済学の教科書を書くのに、リカードの見解だけを並べて、アダム・スミスの議論はリカードの意見に包摂されているからと省略することがあるだろうか。むしろ、アダム・スミスの論建てを最初に提示してこれにリカードらがどう追加・修正を加えていったという展開にするのが普通であろう。

その発想でいくなら、「ドイツ古典経済学」の教科書は、ヘーゲルがイギリス古典経済学から何をどう学び、どのように立論を展開したのかが、まず論ぜられるべきであろう。その後にマルクスの修正が加えられるべきであろう。

弁証法論理学がヘーゲルから引き継いだものの主体と考えてきたが、考えてみるとそれは付け足しだったかもしれない。
(57年草稿の頃はかなり論理学も読んでいたようだが)

マルクスがヘーゲルから引き継いだ最大のものは、実は「革命家」としての情熱だったのではないか。ヘーゲルは度し難い観念論者であると同時に、最もアクティブな立場を貫いた革命家であった。それが法の哲学のいたる所からほとばしり出ている。

見田石介さんはヘーゲルが観念論者であるにも拘らず唯物論的な発想で多くのことを語るために、論旨がわかりにくくなっていると嘆いているが、そうではないと思う。
彼は革命家である限りにおいて唯物論的たらざるを得なかったのであろうと思う。

私たちは今後の理論的スタンスを
「アダム・スミス党ヘーゲル派マルクス・グループ」と定め直さなければならない。