子供の頃、算数でつまづき始めたのは数字の概念からだった。

1+1=2

はよく分かる。(これもよく考えるとわからないのだが)

1X1=1

もまぁ分かる。

ところが

1÷1=1

になると少々怪しくなる。

「割る」という概念と“1で割る”という感覚が一致しないのだ。

“1で割る”というのは独り占めするということであり、“割らない”ということなのだ。

飲み屋の会計を割り勘にしないで、全部自分のおごりにするということなのだ。

これは決して「割り算」ではない。それは「割り算」の放棄あるいは拒否なのだ。

つまり1で割るのと、2で割るのは、言葉にすれば「割るか独り占めするか」という正反対の行いなのだ。

では“割らない”という行為が、どうして“1で割る”と表現されるのだろう。それはどうして“0で割る”ということにならないのだろう。

疑問はさらに広がる。

“0で割る”と、答えは無限大だというのだ。

言葉としてはまったく理解不能だ。しかし÷0.1、÷0.01、÷0.001…と進んでいけばたしかにそうなるのだ。
それは実際には10、100、1000…とかけていくのと同じだからだ。

ということで0で割ると無限大というのは、「気持ちとしてはまったく納得出来ないが、処理上はそういう扱いになるな」ということで理解はする。

しかしそこからさらに問題は紛糾する。

+0で割るのと-0で割るのとは天と地の差があるのだ。便宜上+0と-0と書いたが、限りなく0に近い+と-という意味だ。
つまり0で割ったときの答えは+∞でもあれば-無限大でもあるのだ。
しかもそれは横軸上は連続しているが縦軸上は絶望的な断絶があるのだ。

結局わかったのは、数字には論理的に2つの系列があって、ひとつは1(あえて言えば+1)を中心とする自然数の世界だ。
そしてもう一つは-∞から+∞に続く数直線の世界だ。こちらの数系列は0が中心に来る。

そして-∞から+∞に続く数直線は論理的には、掛け算・割り算の思考に向いていないということdだ。