1943年、センのふるさとベンガル州で大飢饉が起きた。この飢饉は200万人を超える餓死者を出した。当時9歳のセン(Amartya Sen)はこれに衝撃を受けたという。

長じたセンは、イギリスで新古典派経済学の研究に入る。ただ新古典派にとどまることはできず、独自の領域を開いてきた。

彼の新古典派に対する最大の不満は、きわめて多様であるはずの欲望を一元的な「効用」概念に収斂してきたことだ。

そこでセンは,「効用」の評価をより多様な方向に拡大し、多様性を許容するアプローチの方法を考え出した。(それは樹によって魚をもとめることになるのだが)

ウィキペディアによればセンの提案は以下のごとくまとめられる。

1.経済学は倫理学と工学から派生していると主張。前者を「モチベーションの倫理」、後者を「それを達成するための手段」とする。

2.途上国の購買力と飢餓の関係を、市場競争における市場の失敗によって説明。飢えを回避しようとする政府が欠如していることの影響を強調。

3.経済学は数字だけを扱うのではなく、「共感性・関わり合い・利他性」(コミットメント)を重視すべきだ。

4.経済成長が達成されるためには、経済改革にたいして教育と国民の健康における改善などが先行しなければならない。それによって国民の潜在能力が確保されなければならない。

5.潜在能力(ケイパビリティ)とは、「人が善い人生を生きるために、どのような行動をとりたいのか」を考え実行する能力群である。

6.人間開発指数(HDI:Human Development Index)はそのための具体的指標だ。しかし平均寿命・教育・国民所得は手段であって、目的そのものではない。

私の感想だが、

センはアダム・スミスとマルクスを愛読していたというが、人間の労働にもっと確固とした価値を置くべきではなかったのか。

かなり苦労して新古典経済学を進歩的な思想と結合させようとしてるが、結局厚生経済学にとどまる限り、樹によって魚をもとめるようなものであろう。

センは良くも悪しくも「厚生経済学」の広告塔であろうと思われる。だからその理論的背景を詮索するよりも、彼の言わんとする所を素直に受け止めることがだいじなのではないかと思う。