アメリカにおけるケインズ受容

1935年秋 ロバート・ブライス(カナダ人でケンブリッジに留学)、ハーバード大学で「一般理論」の紹介を開始。

1936年1月 「一般理論」が公刊される。米国へは2ヶ月後に流入。

米国では「一般理論」のうち有効需要論が集中的に取り上げられた。

1937年 ミネソタ大学のハンセンがハーバードに赴任。当初は保守派であったが、まもなくケイインジアンに転向。

ハーバードはケインズ派の牙城となり、サムエルソン、ガルブレイズ、ハリスなどが輩出する。

1948年 サムエルソン経済学が出版される。
不完全雇用時にはケインズ主義的介入を行うべきであるが、ひとたび完全雇用に達すれば新古典派理論がその真価を発揮する
崩れた新古典派のミクロ環境は、インフレターゲットをもつ金融緩和と財政出動によって回復しうるとした。これを「新古典派総合」と名付けた。政策メカニズムはそのとおりだが、これって学問ですか? 
 なにか発想が違う。反省がないような気がするが…

異端派のガルブレイズ、「計画化体制」概念を提起。これは千社程度の大企業が国家と固く結合した体制で、企業は国家の一翼となり、国家は計画化体制の道具となっている。(要するに昔の国独資)

1958年 ガルブレイズ、「豊かな社会」を発表。私的な欲求と公的な必要との不均衡を問題にする。
貧しい社会には誘惑がないし、公共サービスを厳格にすることができる。しかし豊かな社会はそうは行かないのだ。
そこでは消費欲望を満足させる過程自体によって消費欲望が作り出される。それは依存(Addiction) をもたらす。
1971年12月 J.ロビンソン、アメリカ経済学会で「経済学の第二の危機」と題して講演。
アメリカのケインジアンは、「財政赤字は無害だ」とし、産軍複合体がそれを利用するままに任せた。雇用問題は解決されたが、「なんのための雇用か」問題は解決されていない。
分配問題は経済の問題ではない。それは不平等の容認。放置すればインフレが発生し自由主義の慣行を掘り崩していく。
格調高いが、「分配」は経済ではないというのは逃げだ。

シュンペーター 需要の拡大を先頭に置くことへの批判(批判にはなっていないが)
経済における革新は消費者の側から自発的に現れるものではない。むしろ新たな欲望が生産の側から教え込まれることが普通である。従って革新のイニシアチブは生産の側にある。

1977 ガルブレイズ「不確実性の時代」を出版。