の教科書をネット上で見つけた。同志社大学 経済学部の  田中 靖人さんの手になるものだ。

その目次を移させてもらった。

第 1 章 需要と供給 
1.1 財と市場
1.2 需要と需要曲線
1.3 需要の価格弾力性
1.4 代替財と補完財
1.5 供給と供給曲線
1.6 供給の価格弾力性
1.7 市場均衡
1.8 需要•供給曲線のシフト
1.9 市場均衡の安定性

第 2 章 消費者の行動
第 3 章 企業の行動
第 4 章 ゲーム理論入門

第1章だけで全9節。ここでは省略したが第2~第4章にも同じくらいの節がついている。

最初に言っておきたいのだが、この教科書自体は本当に素晴らしいものだ。著者の真摯な態度がひしひしと伝わってくる。だから私としてはミクロ経済の最良の教科書を見た上での感想ということになる。



ミクロ経済学の「学」としてのエンタイティを考えるならば、かなり空虚な学問という印象は否めない。

もし私が経済学部に入って、何かを学ぼうと意気込んだとき、こんな学習メニューが出されたら、明日から登校拒否だ。こんなことを学びたくて経済学部に来たのではない。

それは「無意味さ」を数式で飾り立てている、学生には無間地獄の世界だ。このようなゾンビ世界はソシュールの言語学以来だ。

「ミクロ経済学」は怪しげな数式で学生を絡みとり、意味不明な「解答」をもとめ、試験で学生を苦しめ、挙句の果てに卒業証書と引き換えに何らかの犠牲を求める。

こんなものは一国の経済を理解するのに何の役にも立たない。学校と教師にいくばくかの月謝を払うのに役立つのみだ。即刻やめるべきだ。

中には本当のバカがいて、「マルクス主義にはこんな世界は理解できないだろう」とふんぞり返っている。「大奥」のお局様の世界だ。大奥の世界のルールなどなんの意味もないのだ。

「だれにもこんな世界は理解できないよ!」

これは男子一生の仕事ではない!
ミクロをやっている人がそうだとは言わないが、正直、半分はそう思っている。


と言いつつ、第一章 市場均衡 だけは一応やって置かなければならないと思う。古典派との論点にならざるを得ないところだから。
ただし私は数式に興味ないし、そもそも市場のイメージ構築という質的な問題を片付けない限り、問題設定そのものに意味がないと思うからだ。

市場とはなにか、均衡(とくに動的均衡)とは何かというそもそも論をもう少し突き詰めていきたい。
その際「ミクロ経済学」というようなわけのわからない言葉はやめて、「商業」論の分野の一つとして「市場」論を語り、さらに「市場」論の分野の一つとして「市場力学」を語ることが望ましいと思う。
さらにいうなら「市場経済」といういい方はやめるべきだと思う。商業が市場を必要とする以上、市場の否定は商業の否定となるが、そんな世界はありえないからだ。
「市場経済」を批判する者の論点は「神の手」を信じるか否か、商業という名の詐欺や強盗を是とするか否か、ということなのだ。