旅行中の暇つぶしにと思って買った本。「50オトコはなぜ劣化したのか」(2016年)
ところどころ面白い。
基本となる気分は、真っ只中の「50オンナ」が、同世代男子に怒りを込めて投げつけた石つぶて。

一生懸命こらえているが、なぜか日本酒片手にウンウンうなりながら、書き飛ばしているさまが目に浮かぶ。一気に書き飛ばしているから底は浅いが流れは良い。精神科の医者にありがちな衒学趣味とか知ったかぶりもなくて、大変心地よい。70オトコには安心して読み、共感できる本である。
ただ、四方の目が気になるから新書版のカバーは一応裏返しにして読んだ。

ちょっと気になるのは小学館の編集部の感性。
作者の思いとか文章のテーマとは微妙にずれている。
フンドシの惹句は「女は変化と生きてきた、オトコは変化に乗り遅れた」とあって、一見文明論もどきにも見えるが、本文はさほど上品なものではない。オブラートの隙間から怒りというより軽蔑と憎しみがほとばしり出ている。

本文では「知の劣化」、「現実感の喪失」、「相対主義への逃げ込み」、「覚悟の欠如」などが挙げられるが少しデータの裏づけが欲しいところ。

最後のシメのセンテンスを拾っておく。
いったい50オトコはどこで何をしているのだろう。彼らはなぜ、社会の中心で混迷する日本の舵取りをしようとしないのだろう。
自分で言うのもなんだが、50オンナはけっこう頑張っている。逆打風にさらされながらもわが道を貫いている。
それなのに、50オトコときたらいったい…
まぁ、なんとかなるだろう」とタカをくくることに慣れている50オトコは、たとえ妻や子供に「安保法が成立したら、戦争ができる国になるかもしれない」と言われても、真剣にそれを考えることができない。
本書は、そんな同級生世代の50オトコたちに、「そのままでいいわけ? 自分も、社会も」と呼びかけるための檄文なのである。