ベネズエラ情勢をウォッチしていて、これだけ系統的な悪意に出会ったことはない。私ごときシロウトが無知に任せて一方的な意見を言うのとは次元が異なる。専門家としての識見が問われる地位にあるのだが、およそそのような節度や公正さが感じられないのである。

2002年の反チャベス・クーデター未遂事件が起こったとき、ベネズエラの高級住宅街から日本語で反チャベスキャンペーンを流し続けた女性がいた。

クーデターが未遂に終わったあと、しばらくネット上では声を潜めていたが、事の真相を知った後もまったく考えを変えることはなかった。

おそらくは駐在員の夫人として上流階級の思考方法にすっかり染め抜かれたのであろう。

それが2010年ころから、別の女性の声がふたたびけたたましくなってきた。それがこの坂口安紀という女性だ。

どうも影としては重なってしまうのだがどうなのだろうか。


ジェトロの紹介ページを見ると1988年にICUを卒業したらしい。計算上は50歳前後ということになる。UCLAで修士をとってアジ研に入ったらしい。

29~31歳でカラカスに研究員として派遣されている。さらに43歳から2年間、調査員としてカラカスに滞在している。

帰ってきてからはラテンアメリカ研究グループ長となり、アジ研を仕切るようになった。

アジ研に入って最初の論文が1993年の『冷戦後ラテンアメリカの再編成』という論文集の中の「ベネズエラの経済改革と民主主義の危機」という論文である。

読んでもらえればわかるように、相当大胆に政治的立場を押し出す人で、その基本は「白い民主主義」である。おそらくはカラカスの高級住宅街のコンセンサスを代表するようなスタンスであろうと思われる。

おそらく1990年前後にUCLA在学中にベネズエラでの生活を体験したものと思われ、まさしくカラカソ(カラカス暴動)やチャベスのクーデター騒ぎと同時代を生きたことになる。そしてその頃日本はバブルの絶頂にあった。
日本が得意絶頂だったときにベネズエラに入った日本人は、雲の上の上流社会で名誉白人としての地位を満喫したのではないか。

彼女の時代にはすでに、我々のになっていたような学生運動は影も形もないから、貧しい人に寄り添うとか社会の進歩に貢献するとかいう考えは希薄なのかもしれない。山裾を埋め尽くすバラック小屋もカラカス固有の光景なのだろう。

ベネズエラの白い人々の差別意識は、石油成金の常としてただならぬものがある。一昔前には日本人もイエローモンキーで、ベネズエラでは差別と侮蔑の対象でしかなかった。だからベネズエラの日系人は数少ないのだということを理解できないのだろう。

たぶん彼女の政治の枠組みは、白いリベラルと白いコンサーバティブの物分りの良い議論に収斂するのだろう。ただ、時々は自分の肌の色、アジア系の顔立ちを鏡で確かめながら議論を組み立ててほしいなと思う。