山本直之(日本医科大学・第二解剖)

発表年は不明だが、引用文献から判断して2000年前後のものであろう。なお山本さんには下記の論文もある。2008年のシンポジウム講演「魚類の終脳における感覚表現」で、このときは名古屋大学に移られている。

1.魚類脳の発生と基本構築

魚類の大脳は他の動物と簡単に比較できない。その原因は発生過程の特異性にある。

終脳は中枢神経系の吻側端に位置する。そこは他の脊椎動物と同じである。

魚類以外では、神経管の背側領域が下方(腹側)に折れ込む。これを内側反転(Inversion)という。
最終的には、左右の神経管の側壁が脳室腔を取り込んで側脳室を形成する。

神経管側壁は、側脳室の背側を覆う外套palliumと、腹側の外套下部subpalliumにわけられる。

哺乳類の場合、外套は主に大脳皮質に相当し、内側外套、背側外套、外側外套、腹側外套に分けられる。
内側は海馬、背側は新皮質、外側は嗅皮質、腹側は扁桃体となっていく。

外套下部には中隔、線条体などが含まれる。

一方魚類では、側壁が外側に翻転する。これを外翻(Eversion)という。その際、神経管の蓋板は左右に広がるため、側脳室の代わりにT字型の共通脳室が形成される。

このため外見上は他の脊椎動物と大きく異なるが、分子マーカーを用いた発生学的研究によって、背側野は他の脊椎動物の外套に、腹側野は外套下部にほぼ相当することがわかった。


2.魚類に大脳新皮質はあるのか?

四足動物の背側外套(新皮質)へ感覚情報を伝えるのは視床である。魚類にも“視床”領域が存在するが、“視床”は終脳背側野につながる線維はない。
このことから、魚類の終脳は嗅葉olfactory lobeとも呼ばれ、嗅球から受ける嗅覚だけを処理する脳だと見なされていた。

ところが条鰭類の終脳背側野には嗅覚投射をうけない非嗅覚性領域が多数存在する。

間脳には糸球体前核群(preglomerularcomplex)と呼ばれる領域がある。正確には“視床”の腹外側後方に位置する神経核群である。

ぞこで視覚、聴覚、側線感覚、一般体性感覚(触覚や温度覚など)、味覚を中継し、終脳背側野の非嗅覚性領域に送り込んでいる。

これは、哺乳類の視床─皮質路と酷似した回路構築である。ただこの糸球体前核群に関する遺伝子学的検討は行われていないようである。

おわりに

「魚類の終脳=嗅脳」という概念は完全な誤りである。同様に、「間脳から上の経路は独自の進化を遂げた産物である」という概念もまた恐らく誤りである。

哺乳類と異なり層状の皮質構造をとってはいないものの、大脳新皮質に相当すると思われる領域が存在すると考えられる。
共通祖先の段階ですでに新皮質に相当する構造は存在していた可能性が高い。

Eversionの機転、それがInversionへと転換した理由は、シーラカンスやハイギョなどの中間生物の研究がないため、目下のところ不明である。

付録

魚類の終脳における感覚表現」の付図を転載したもの。

金魚の脳
終脳と外套は同じものをさすが、「外套」は前脳を発生学的原基とすることを強調する意味で用いられる。「※」が視床、間脳と書いてあるのが視床下部に相当する。
B は前額面を描いたもので、背側野が外套、腹側野が外套下部となる。将来、外套は大脳皮質、外套下部は大脳基底核に発展していく。