村上安則・倉谷滋

2005年に雑誌に掲載されたレビューであり、若干古いかもしれない。また後脳に興味の中心があり、終脳については多少及び腰かもしれない。しかしこれだけわかりやすく書かれた解説はなかなかない。終脳関連部分だけをかなり端折って紹介させていただく。

要約

脊椎動物の主流から早期に分岐した無顎類ヤツメウナギの脳の理解は、脳形態パターンの進化を推測するにあたってきわめて有用である。

ヤツメウナギの終脳背側部は顎口類と類似するが、腹側部では、神経節隆起やGABA作動性ニューロンも存在しない。それらは、顎口類になってから獲得されたらしい。

脊椎動物の脳にはニューロメアとよばれる分節が現われる。そして特定のニューロメアからは特定のニューロンが分化する。

ヤツメウナギ後脳にもロンボメアとよばれる分節が存在し、分節に沿って網様体神経が発生する。この境界はHox遺伝子の発現境界に一致する。

鰓弓運動神経にも境界があるが、それはロンボメア境界と一致しない。なにか別の神経発生機構があると思われる。

はじめに

脊椎動物はきわめて多彩な形態をもち、地球上のさま
ざまな環境に生息している。形態は行動や生態と密に関係している。
生物の外部形態は、環境からの淘汰圧を受けてゲノムが応答し進化してきた。

形態に見合った特徴的行動を発現させるためには、神経系が整備される必要がある。

たとえば、哺乳類の視覚中枢は終脳(大脳)にあるが、鳥
類のそれは中脳にある。また、モルミルス目魚類の小脳
は脳全体を覆うほどに肥大している。

このような多様化の背景には、発生プログラムの変化がかかわるはずである、

本稿では、神経形態の進化過程を、おもに分子発生学的な見地から考える。

Ⅰ.脊椎動物の脳の起源

脊椎動物の起源については議論が多く、現在でも頭索
類(ナメクジウオ)と尾索類(ホヤ)のいずれが真の祖先に
近いのかは判然としない。
本稿では、頭索類を脊椎動物にもっとも近い動物群とし
て話を進めよう。

ナメクジウオには脊椎動物にみられるような脳は存在
しない。その神経管は前後軸にわたってほぼ均一なチューブ状であり、脊椎動物の前脳、中脳、後脳に相当するふくらみはみられない。
いっぽう、視床下部の雛形がすでに存在するとされる。

Ⅱ.ニューロメア

頭索類ナメクジウオと脊椎動物の脳のあいだに共通の構造は存在するが、ナメクジウオの脳にはニューロメアが存在しない。

ニューロメア(神経分節)とは、脊椎動物の脳の発生期に一過性にみられる分節構造である。1828年に発見されて以来、ニューロメアが特定のニューロンを生み出す基本ユニットと考えられている。

ニューロメアのような発生コンパートメントは、脳の組織化・形態的分化を階層的に組み上げている。

では、系統進化のどの段階で脳原基は分節化したのだ
ろう?

脊椎動物で最初にニューロメアが確認できるのは5億4000万年前に出現した無顎類である。無顎類は脊椎動物が顎をもつ以前に存在していた動物群で、古生代の水中で繁栄していた。

現生の無顎類であるヤツメウナギ胚の脳でもニューロメアが観察される。遺伝子マーカーも顎口類と類似する。

Ⅲ.ヤツメウナギの脳

ヤツメウナギの中枢神経系には、終脳、間脳、中脳、後脳が識別できる。それは顎口類と類似する。中脳、間脳の発生過程も顎口類と比較可能である。
したがって、これらの構造は脊椎動物の共通祖先においてすでに存在していたと考えられる。

一方、ヤツメウナギでは小脳の分化程度がきわめて低く、小脳核やプルキンエ細胞、下オリーブ核など、顎口類の小脳を特徴づける構造もない。

新しい小脳発生プログラムは、顎口類の分岐後に確立
されたと考えられる。

顎口類では中脳と後脳の境界部が小脳のパターン形成にかかわる。下オリーブ核など小脳系を構成する神経細胞は後脳背側にある菱脳唇に由来する。

ヤツメウナギの終脳にも謎が多い。

終脳は脳の最前端にあり、とりわけ哺乳類において著しく肥大している。

硬骨魚類では外翻(eversion)とよばれる独特の発生パターンを経て、蓋板が左右に拡大し反転型の構造をつくる。このため通常とは逆に、海馬が外側に位置する。

(ちょっとあっさりしすぎている。なぜ外翻したのか、なぜそれが外翻をやめて元に戻したのかは、大問題だと思うが…)

羊膜類では層構造が発達し、哺乳類にいたっては6層からなる新皮質が生ずる。

カメ、ワニ、鳥類を含む主竜類では背側脳室隆起(dorsal ventricular ridge)が発達し、視床からの入力を受ける。
鳥類の皮質相当領域では層構造が消失している。

(層構造は「消失」したのか、これについては後ほど検討する)

ナメクジウオには形態学的に終脳とよべるものはない。ヤツメウナギでは形態学的に終脳が確認でき、多くの嗅覚系入力を受ける。

では、無顎類ヤツメウナギと顎口類の終脳はどこまで比較可能なのだろうか?
脊椎動物の共通祖先はどのような終脳をもっていたのだろうか?

1、外套の進化

外套(pallium)とは、終脳の原基となる一区画をさす。ここから新皮質や海馬、嗅球などが形成される。

これをヤツメウナギにあてはめてみると、遺伝子発現ドメインが顎口類と同様のパターンで存在する。

ヤツメウナギの終脳は嗅覚系の情報処理だけを行なうが、視床から感覚入力を受けたり、辺縁系による制御をも行なう可能性がある。

外套をつくる発生プログラムは思いのほか古く、その起源は無顎類と顎口類が分岐する以前にまでさかのぼるといえる。

2、外套下部の進化

外套下部(subpallium)は終脳腹側部の原基となる。そこからは、線条体や淡蒼球など運動を司る領域が発生する。線条体は外側神経節隆起に、淡蒼球は内側神経節隆起に由来する。

ヤツメウナギのサブパリウムには、外側神経節隆起を形成する遺伝子はあるが、内側神経節隆起を生じる遺伝子は存在しない。
つまり、ヤツメウナギが顎口類の終脳最前方の要素を欠くということを意味する。

では、何が顎口類の終脳に内側神経節隆起をもたらしたのだろうか?
筆者らはhedgehog (LjHh)遺伝子の獲得が関係していると推測している。

Ⅳ、脊椎動物の後脳の進化


おわりに

脳は脊椎動物の系統進化においていくつもの大きなイベントを繰り返してきた。

中でも劇的だったのが、顎口類と無顎類の分岐以前、つまり脊椎動物の共通祖先の段階で生じた変化である。

その本質は、神経上皮の分節化というプログラムの獲得にある。同時にプラコードと神経堤細胞のシステムも整理され、末梢神経との関係ができあがった。

ついで、無顎類から顎口類が進化した後にニューロメアとHoxコードの統合が起こった。

さらに小脳と終脳の形態改変がおこなわれ、魚類以降の脳形態が基本的に完成した。


最後に「脊椎動物の脳の進化のシナリオ」という図があり、やや煩雑であるため、要点を文章で示しておく。

1.共通祖先からのナメクジウオの形成
この分岐には9項目の変化が必要であった。
その主なものは、
①神経管の形成
②運動神経の形成
③三脳の分離と確立
④眼の形成

2.ナメクジウオとヤツメウナギの分岐
この分岐には5項目の変化が必要であった。
①ニューロメアの形成
②前脳での外套形成

3.ヤツメウナギと魚類の分岐
この分岐には4項目の変化が必要であった。
①内側神経節隆起の発生
②交感神経幹の発生
③小脳系の発生
④外翻した終脳(ただし魚類のみ)

4.魚類と両生類の分岐
哺乳類、爬虫類、鳥類を含め、本質的な変化はない。