白滝遺跡

白滝遺跡はいくつかの点できわめて印象的な遺跡である。
第一に、もっとも古いもので2万年を越え、北海道で最古の遺跡である。ほかに2万年をこす遺跡は北海道千歳市の遺跡があるが。これだけの規模ではない。
第二に、ただの集落ではなく黒曜石の生産に特化した鉱山町であり、加工と販売(交換)によって生計を立てていた集落だということである。
北海道というだけでも寒いのに、標高420メートルだからそれだけで4,5度は低い。おまけに2万年前は寒冷期で、今より平均数度は低い。
遺跡が形成された最終氷期の頃の白滝地域は,凍土環境であった。
黒曜石のみを唯一の生活の糧としていたとしか考えられない。
第三に、2万年前から始まり1.2万年前まで生活が営まれたという、きわめて息の長い集落だということだ。
1万年も栄えた町なんて聞いたことがありますか?
私にとって興味深いことは、同時代に関東ローム層から発見された旧石器文化とは異なるのではないかという可能性である。

遺跡(群)の概要

1999考古学雑誌の「白滝遺跡群の発掘調査」という論文が詳しい。ただこの20年間の成果は反映されていない。

白滝地図

白滝遺跡は湧別川の河岸段丘上に位置し、東西約200メートル。

ⅠとⅡの文化層に分けられる。Ⅰが2万~1.5万年、Ⅱが1.5~1.2万年前である。
日本最大の黒曜石の産出地であり、8号沢上流の山中に大規模な露呈がある。

1927年 遠軽町在住の遠間栄治によって発見される。

1940年 河野広道,名取武光らが報告。戦時中のためその後の調査は行われず。

1953年 吉崎昌一の踏査研究により、旧石器時代の遺跡であることが判明。一帯が13の遺跡よりなる「白滝遺跡群」と判定される。

1955年 吉崎・芹沢長介 ・湊正雄らが最初の発掘調査。2メートルの深さから舟底形石器・掻器・彫器・削器・石刃などが見つかる。

1956~58年 北大解剖学教室とミシガン大学による共同総合調査。

1959~61年 白滝団体研究会が地質 ・地形 ・土壌 ・考古学などによる総合的な調査。

1961年 明治大学の調査団が服部台遺跡の発掘調査を行う。

1963年 吉崎らが中心になり 『白滝遺跡の研究 』 を刊行。 遺跡の年代を2万~1万5千年前と同定する。

1985年~ 木材搬出道路工事の際に多数の石器が露出。白滝村教育委員会による発掘調査が行われる。多くの石器が出土する。

1989年 木村英明らのグループがソ連科学 アカデ ミー・シベ リア支部やユジノサハリンスク教育 大学などと共同調査。細石刃石器群の技術体系や旧石器時代の集団関係が明らかになる。

1989年 遺跡群の中心的部分が国の史跡に指定される。(97年に追加指定)

1991年 発掘結果が報告される。石器は460万点、10トンにも及ぶ。

1995年~ 旭川・紋別自動車道工事の際に多数の石器が露出。発掘調査が行われる。752万点、11.8トンの石器が出土する。そのほとんどは旧石器時代に属し、99%以上が黒曜石製である。
(この調査についてはウィキペディアでは触れられていない)

*石器のスタイルについてはよくわからないので触れなかった。