今朝のテレビでアルツハイマーの超音波治療というのをやっていた。
どうせキワモノかと思っていたが、東北大学の循環器の先生がたまたま発見したらしい。
私が研修医の頃は、東北大学で超音波といえば田中元直先生、もともと理工系の学部を卒業したあと医学部に入り直したのではなかったか。ともかくテクノロジーに滅法強く、じつに好奇心旺盛な先生だった。
あの先生の教室で開発したのなら半端な技術ではないだろう。ひょっとするとノーベル賞ものかもしれない。(ノーベル賞にしては少々俗っぽいが)

少し調べた上で紹介することにした。


グーグルで検索すると、最初にヒットするのが東北大学が自ら立ち上げたPRサイト


ここに、2018年6月19日のプレスリリースが載っている。まずはここから行こうか。

【発表のポイント】というのがあって、低出力パルス波超音波(LIPUS)を脳に直接当てるらしい。
本質的にはかなり無理筋のテクニックだ。骨は光も通さないが超音波も非常に通しにくい。
【概要】
下川教授(循環器内科)らの研究グループは、虚血性心疾患に対するLIPUS治療の動物実験研究を行ってきた。
最初は尿管結石を飛ばす衝撃波治療を低出力で虚血心筋に当てたら血管新生が促進されるのではないかというアイデアが出発だったらしい。彼らはこれをメカノトランスダクションと名付けている。

たまたま、それを認知症モデルのマウスの脳にシュワッチしたら、アミロイドβの蓄積が妨げられた、というのがことの経緯だ。

下の図はLIPUSで励起された血管内皮のNOが3つのメカニズムでアルツハイマーに効いているのでは? という想定図で、どうせ神経内科の医者に書いてもらったものだろう。

ただ、そこは循環器屋らしく、「結局は虚血じゃないの?」と言いたげである。それが冒頭に述べた、「治療もできない人が、つべこべと理屈ばかり言ってんじゃないよ」というチコちゃんばりの一言につながっていくのだろう。

たしかに循環器屋の端くれとしては、胸のすく思いと言えなくもない。


次の文章が宮城県医師会報1月号の新春随想に載った下川教授の「認知症に対する超音波治療の開発」という文章。
これもこのサイトに転載されている。

ここでは下川教授は東北大学医師会会長の肩書きになっている。なかなかの政治家のようである。

まず彼自身の言葉で経過を語ってもらう。

私は,過去約 20年間にわたり,音波の持つ治療効果に着目して来ました。

まず,低出力体外衝撃波の血管新生効果を発見しました。ついで虚血領域の微小冠動脈を再生させることを見つけました。

心臓病専用の衝撃波治療機器を開発。多くの重症狭心症患者の治療に使用され,有効性と安全性が報告されています。

私は衝撃波だけではなく低出力のパルス波超音波にも同様の効果があることを発見しました。
心筋LIPUS

作用の機序についても研究してきました。
血管内皮の細胞膜には陥凹構造(Caveola)があって、そこを刺激するとNO合成酵素の発現が亢進されます。合成されたNOは血管新生を促進します。
これを「物理的な刺激を化学的なシグナルに変換するシステム」(Mechanotransduction)と呼んでいます。

と、ここまでが心筋の話。ここからが認知症の話になる。

最近の研究により,認知症では①NOの作用が低下しており,②結果として Aβや tau蛋白などの蓄積が生じて、③慢性炎症が進行することが明らかにされています。

ということで、NOを媒介にして虚血と認知症を結びつける仮説を立てた。

アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症の2つのモデルマウスで検討したところ、脳血管性認知症のみならずアルツハイマーでも、①脳血流の改善と同時に,②認知機能の改善が見られた。さらに③Aβ蓄積も著明に減少した。
脳LIPUS

ただしここでは①,②については所見は示されていない。

ここからは週刊新潮の8月号に載った記事の抜粋

変な話だが、3つの記事の中では文章として一番良くまとまっており、研究の経過や背景が過不足なく書き込まれている。ろくでもない週刊誌と思っていたが、最近は多少クオリティが上がったのか。

心筋虚血に対する治療としては、これまで、血管増殖遺伝子を直接、心臓に注射する治療が行われてきました。しかし、明確な効果は得られませんでした。
IPS細胞を用いた研究も盛んに行われていますが、効果的に血管を増やすのは難しいようです。

そこで、血管新生のために、物理的な刺激を与えて患者の自己修復能力を活性化させる方法を考えつきました。

そのための刺激として、「衝撃波」に目をつけました。
衝撃波は尿管結石や腎結石を破砕する治療に使われていますが、2001年にイタリアの研究グループが、低出力の衝撃波を照射すると血管内皮細胞が活性化し一酸化窒素(NO)が産生されることを発表しました。

一酸化窒素が、優れた血管新生作用を持って
いることが知られているため、私は低出力衝撃波を用いて血管内皮NOを増やし血管を新生させる新しい療法を考えつきました。

試行錯誤の結果、結石の破砕に使われる出力のちょうど10分の1の強さの低出力衝撃波がもっとも有効であることが確認され、心臓病専用の衝撃波治療装置を開発しました。

現在、世界では、25ヵ国で1万人以上の狭心症忠者の治療に使用され、有効性と安全性が報告されている、ということです。

その後はちょっと風呂敷が広げられていて、客観的データが有るかどうか不明だが、当然のことながら末梢血管疾患、リンパ疾患、神経疾患にも有効と言われている。


次が、衝撃波に代わるアイテムとしてのパルス超音波について。

詳細は省略するが、至適条件が見つかって治験が始まっている。来年度には終了の予定だという。

そして…
「私は、15年に超音波治療法の新たな使い道として、認知症にも目を向けました」
という流れになっている。
そして「全脳照射」という技法を考え出した。
人間の頭蓋骨のなかで、最も薄い側頭骨から照射することにした。また、音の強さの分布を計測して脳の中央部で超音波の効果が現れるようにモデリングしたとのことである。

今月から治験が始まるそうなので結果が楽しみである。
ちょっと気になるのは、追試報告が少ないことである。心筋の衝撃波療法もかなり以前から行われているが、その割には学会では話題になっていた記憶はない。もっともこの10年は学会ともご無沙汰しているが…
「認知症はエコーで治す」の続き