ベルリンの地下鉄、国電、路面電車

私は都の西北、シーメンスタウンに泊まったのだが、近くを走る高架鉄道がえらく古ぼけているのが気になった。
聞くとこれはもはや運行していなくって、ゴースト路線らしいのだが、その理由がよくわからない。
この高架鉄道はSバーンと言って、日本では国電に当たるらしい。東西対立がひどかった頃、西ベルリン市民がSバーンをボイコットして、破産に追い込んだらしい。
私のうろ覚えの知識はこの程度なので、すこしネットの記事をあたってみたい。
1.3つの鉄道
という記事からまず引用する。
戦前のベルリンは路面電車にSバーン(国電)、Uバーン(地下鉄)と、電車が市内を縦横無尽に走っていた。
次がだいじなポイントだが、
戦後もそれらは運行を続け、西ベルリンも含めて東ドイツが運行を行っていた。
ということだ。
それが意外なことに1961年のベルリンの壁建設までそのまま続いていたらしい。
元記事に戻る。
1961年にベルリンの壁が築かれると、電車は国境線でストップした。
西ベルリンの駅で地下鉄を待っていた 乗客から「時間になっても電車が来ない」という通報が西ベルリンの警察署に相次いだ。
これが東ドイツが壁を築いたことを知った第一報だった。
まるで映画のファーストシーンのようだ。

2.3つの鉄道の運命
それで、61年以降3つの鉄道は別々の運命をたどることになる。
まず路面電車。これは西ベルリンではほぼ全廃された。増加をたどる自動車に邪魔者扱いされたためで、これは日本と同じだ。
しかしトラバンドとラーダしかない東では、今も主役の座を保っている。今回、ブランデンブルク門を東に入った一帯では重連の電車などずいぶん拝ませてもらった。ウンター・デン・リンデンには路面電車が似合うのである。
次がUバーン。これは技術力・資本力の差からか西ベルリンが圧倒的である。しかし6号線と8号線は一部で東ベルリンを通っているのでそこは黙って通り過ぎるらしい。

3.Sバーンの複雑さはベルリンの象徴
最後に、これが一番の問題だがSバーン。日本語では「都市高速鉄道網」と表記されている。“S”はSchnellらしい。
16系統が設定されており、市街線(Schtadtbahn)と環状線(Ringbahn)に大別される。要するにSバーンは「国電」であり、シュタットバーンは中央線、リングバーンは山手線ということになる。わかりやすい。
S-Bahn_Berlin_-_Netz
西ベルリンのSバーンも戦後は東ドイツ側が運行したのだそうだ。
しかしこれが西ベルリンの市民にとっては癪に障る話となる。以下引用。
西ベルリン市民は「運賃を払うとそれが壁の建設費用に充てられる」と反発し、乗客が 激減してすっかり閑散としてしまい、80年代には路線も縮小されてしまった。
これが先程のシーメンス駅の廃墟話につながっていくのである。ただし、ウィキペディアにはこの話は出てこない。(ウィキペディアの記事はマニアによるものらしく、詳細を極める)
S-Bahn_Berlin_BR481
現在も休止状態にある路線は5つあり、この内ジーメンス線(私たちの見た)は復旧の見込みは非常に少ない。すでにUバーンが並行して営業してるためだそうだ。

Sバーンについての突き放した見方も広がっている。
S バーン東西線の線形は蛇行し、列車の速度低下をもたらし、非効率である。
中央駅も現在の都心からやや外れた不便な場所にある。本来ならまさに都心で利便性のよいポツダム広場に建設されるべきであったろう。
第三軌条による直流800Vという特殊な電化方式も、現状では他の鉄道と相互乗入れできないという不都合を生じている。
ベルリン S・U バーン発達史」渡辺徹 より
多分、ベルリン子はこういわれたら意地でもSバーンを守るだろう。阪神フアンみたいなものだ。