ドイツ左翼党(Die Linke) 年表

1989年12月 SED(社会主義統一党)が臨時党大会を開催。SED・PDS(民主的社会主義党)に改組して再出発。無名のギジを党首に選出。

1990年 PDS(民主的社会義党)に改称。綱領を改正してスターリン主義を清算する。

1998年 メクレンブルク・フォアポンメルン州で社会民主党とPDSとの連立政権が成立。

98年 SPDと緑の党の連立であるシュレーダー政権が成立。

2002年 連邦議会選挙。PDS(民主的社会主義党)は得票率4%で2議席を獲得。

02年  ベルリン市(州に相当)でも社会民主党との連立政権が成立。

2003年
10月 PDSが第8回大会。綱領を採択し規約を改正。スターリン主義を徹底的に否定し、西欧社会民主主義政党へ転換。

新綱領の柱 
①社会主義の名において行われた犯罪と対決。いかなる独裁も拒否。②SEDは民主主義や自由への意志も能力も持たなかった。③重要生産手段の国有化、計画経済を柱とする「マルクス・レーニン主義」を放棄する。④社会主義は自由、平等、連帯などの実現過程である。それを非暴力と民主的手段によって実現しなければならない。⑤ドイツ連邦基本法の基本的諸権利を擁護しつつ、適法的抵抗権を行使する。


2004年 シュレーダー政権の自由主義的経済改革に反対する社会民主党左派や労組活動家が一斉離党・独立して「労働と社会的公正-選挙オルタナティブ」を形成。“Arbeit & soziale Gerechtigkeit ? Die Wahlalternative”の頭文字をとってWASGと略称。

04年6月 欧州議会選挙。PDSがドイツに割り当てられた99議席中7議席を獲得。欧州の左派政党で結成した欧州左翼党に加わる。

2005年
1月 WASGが政党を結成。党員5000人で発足する。SPD左派のラフォンテーヌ元財務大臣(元SPD党首)が加わったことで影響力を増す。

7月 PDSが左翼党-民主社会党と改称。合党に備える。WASGのラフォンテーヌが左翼党-民主社会党に入党、逆に左翼党-民主社会党のギジがWASGに入党し、お互いに二重党籍になる

9月18日 連邦議会選挙。「左翼党」が約8%を獲得して54議席を獲得する。内訳はWASG12、左翼党-民主社会党42であった。

9月 左翼党、ビスキー旧PDS党首を副議長候補に指名。その後シュタージ(東ドイツ国家保安省)との関係が浮上し、立候補を断念。

05年 WASGと左翼党-民主社会党(Die Linkspartei.PDS)が、“統一会派よりさらに踏み込んだ連合”としての政党連合「左翼党」を結成。

2006年

9月 ベルリン市(州と同格)議会選挙。ドイツ社会民主党のヴォーヴェライト市政に左翼党-民主社会党が連立与党入りする。WASGのベルリン組織はこれに反対し独自出馬。この結果、WASGは議席を獲得できず、左翼党-民主社会党も大幅に得票を減らした

2007年

5月13日 ブレーメン州議会選挙。左翼党が8.4%の得票率で7議席を獲得。西ドイツ地域の州議会では初めて議席を獲得。

6月 両党の合併を最終的に決める党員投票。左翼党-民主社会党の側はほとんどの党員が賛成したのに対し、WASGからは辛うじて過半数を上回るにとどまる。

6月17日 両党が正式に合併。同名の政党「左翼党」となる。新左翼からも参加者があり、幅広い左翼の統一戦線政党となる。大会でラフォンテーヌとビスキーが共同党首となる。

2008年
1月27日 ヘッセン州、ニーダーザクセン州、ハンブルク特別市(州と同格)における州議会選挙において5%の壁を突破。


 バルチ幹事長は「社会的公正、社会保障、教育の平等で我々に期待が寄せられた」と語る。

ギジは、「根強い反共主義を破った、われわれはもはや旧東ドイツ地域だけの党ではない」と語る

2009年
6月 欧州議会議員選挙。8議席を獲得

8月 ザールラント州の州議会議員選挙。ドイツキリスト教民主同盟・ドイツ社会民主党と三つ巴の接戦となる。この州ではラフォンテーヌ共同党首が州首相を13年間務めた。

9月27日 連邦議会選挙。16州全てで議席阻止線である得票率5%を上回る。改選前を22議席上回る76議席を獲得。

2010年
5月 ドイツ最大の州であるノルトライン=ヴェストファーレン州で州議会選挙。5.6%の得票を得て11議席を獲得。

2010年 共同党首が制度化される。ラフォンテーヌ・ビスキーに代わりエルンスト(WASC)とレッチュ(PDS)が共同党首となる。

2012年

5月15日 ノルトライン=ヴェストファーレン州議会選挙。ドイツ海賊党躍進のあおりを受け全議席を失う。

6月 ゲッティンゲンで党大会。ギジの批判を受け、わずか2年で党首が交代。民主社会党出身のキッピングと、WASG出身のリークシンガーが党首となる。

2013年 
連邦議会選挙。8.6%の得票率で64議席を獲得。4年前より得票率と議席を共に後退させるが、全議席を失った自由民主党に代わり第3位政党となる。

13年12月17日 二大政党と地域政党・CSUによる大連立内閣が成立。左翼党は野党第一党となる。

2014年
5月 欧州議会議員選挙。1議席減の7議席を獲得。

9月 テューリンゲン州議会議員選挙で第2党となる。社会民主党、緑の党との2、3、4位連合が成立。州首相とに左翼党のラメロウが選出される。

 社会民主党との合意にあたり、①東独時代の統治は独裁であり、法治国家ではなかった。②秘密警察の耐え難い侵害を批判的に総括する。と踏み込んだ。



14年 ベルリンで赤赤緑連立(左翼党、SPD、緑の党の3党連立)が成立

14年 旧PDS国会議員、憲法擁護庁による監視を解かれる。

2017年

4月 左派党が選挙公約の草案を発表。武器輸出や海外派兵の終了を呼びかける。NATOからの脱退をふくめず。富裕層への課税強化、最低賃金の上昇、医療制度の1本化などを訴える。

9月 連邦議会選挙。得票率9.2%、議席を69議席に増加させ党勢を回復。旧西ドイツで100万票を増やし躍進したが、旧東ドイツでは移民排斥勢力に票が流れる。極右政党「ドイツのための選択肢」は得票率12.6%で94議席を獲得した。

2018年

8月4日 左翼党右派のワーゲンクネヒトら、「立ち上がれ」(アウフシュテーエン)という無党派の運動を組織する。


 派閥は選挙闘争、大衆闘争などを通じて整理されつある。

①改革左翼ネットワーク(Netzwerk Reformlinke):旧PDS ②民主社会主義フォーラム(Forum Demokratischer Sozialismus, fds):旧`PDS ③社会主義左翼(Sozialistische Linke, SL):旧WASG が主要派閥で、これらの間に大きな違いはなくなりつつある。