ハードディスクの隅から、10年も前の文章が出てきました。協立病院の総院長だった時代の経営報告です。
今更なんの役に立つものでもありませんが、61歳のときの苦闘の記録です。中小病院つぶしの攻撃に立ち向かっていましたが、いま考えてみると危機は医療よりも介護再編から来たようです。


未曾有の危機をどう乗り越えたのか

要約

私たちは、創立30周年を迎えた2006年度、空前の経営危機に陥りました。そして、職員の団結と奮闘によって、自力でこの困難を突破することができました。その困難はどんなものだったのか、どのようにして困難は克服されたのかを明らかにし、今後の教訓を汲み取りたいと思います。

最初に簡潔に結論を述べます。主要な困難の原因は、2006年4月の診療報酬改悪と7月からの療養病床における医療区分の導入にありました。直前の当てはめ試算では、両者合わせて年間1億3千万の減収=減益と予想されました。

実際には、2006年の減収は7800万円、減益は7500万円(推計)にとどまりました。

経営改善の第一の要因は、一般病棟での大幅収益増にありました。第三四半期には療養病棟の落ち込みを補って、2005年度並みの収益を確保するまでにいたります。第二の要因は、卸部門などの奮闘により大幅な医薬品・材料費の値下げが実現できたことです。収益増に伴い膨らんだ費用が、これにより一気に圧縮されました。

第三の要因は、病棟再編による効果です。4階病棟の一般病棟化によりベッド運用が効率化し、稼働率が改善しました。障害者加算制の導入により、病床単価も向上しています。

これら三つの要因のうちでもっとも大事なのは収益増です。いち早く収益増を実現できたからこそ、医薬品購入価の引き下げやベッド再編が利いてきたのです。医業収益が減少する中で第二、第三の要因が働いたとしても、「焼け石に水」だったでしょう。まさに「量が質を規定する」のです。

今回の危機がもたらした最大の教訓、それは職員のがんばりに徹底的に依拠すること、それなしに経営改善はありえないということです。また、職員ががんばることによって、それを通じて、現場の中から、次の打つ手がおのずから見えてくるということです。「わからなくなったときは、現場に聞け」という鉄則が、いまあらためて確認されたと感じています。

 

危機の中身はなんだったのか

1.未曾有の赤字

「さし迫る危機、それとどう闘うか」 これはロシア革命の直前にレーニンが書いた有名なパンフレットの題名ですが、昨年の今頃、まさに私たちはそのような心境でまなじりを決していました。

 

入院収益

協立病院事業利益

2006年度

15億9400万円

マイナス1億7000万円

2005年度

16億7200万円

マイナス1億5500万円

2006年度会計で、協立病院は未曾有の赤字を経験しました。最終決算では1億7000万円の赤字となっていますが、これは人件費の圧縮などで赤字幅を調整したことによるもので、これらの支出を2005年並みと仮定すれば、赤字額は昨年比7500万円増の2億3000万円に達します。

これまで道東勤医協では、協立病院の入院部門で生じる赤字を他部門で支える経営構造が定着していました。そのプラス・マイナス・バランスはマイナス1億5000万円程度とされてきました。

したがって、8000万円の利益未達状況が続けば、遅くない時期に道東勤医協は破産の危機に直面することになります。

 

2.危機をもたらしたもの

診療報酬の大幅引き下げ(4月)と療養病床における医療区分の導入(7月)

06年4月時点での予測: 年度当初、私たちは、4月からの診療報酬引き下げと、7月からの医療区分導入に伴う影響を試算しました。

まず4月診療報酬の改悪に伴う減収ですが、これは一般病床を中心に、12ヶ月間で3%と試算されました。

 

改定前(05年決算)

改定後(06年度予測)

ダウン幅

ダウン率

一般病棟

10億6400万円

10億3300万円

3100万円

3%

ついで7月の医療区分導入に伴う減収ですが、これは療養病床で9ヶ月で16%の減収と試算されました。

 

改定前(05年決算)

改定後(06年度予測)

ダウン幅

ダウン率

療養病棟

6億8500万円

6億0300万円

8200万円

16%

これをあわせると1億1300万円の減収となります。これは原理的にはそのまま1億1300万円の減益となります。

 

3.これに対する我々の経営努力は

じっと黙って去年並みの医療をやっていれば、赤字は2億6800万円まで膨らんだことになります。しかし最終結果を2億3000万円とすれば、私たちは2006年度の奮闘により、3800万円の利益を取り返したことになります。そして2007年度の第一四半期で見る限り、残りの利益未達も克服できる展望を持てる地点まで到達しました。

これからの話は二段構えになります。まず第一段は06年の苦闘の内容です。すなわち「我々はいかなる努力をして、3800万円の利益を取り返したか」という話です。第二段は06年3月以降の話です。すなわち「我々はいかなる努力をして、利益をゼロロク改定前の水準まで向上させたか」です。

 

ゼロロク改定への対応

1.診療報酬引き下げの入院医療への影響

①第一四半期における入院収益の実際の推移。

 

05年度第一四半期決算

06年度第一四半期決算

ダウン幅

ダウン率

病棟全体

4億0800万円

4億0400万円

マイナス400万円

1.7%

一般病棟

2億6600万円

2億5900万円

マイナス700万円

2.6%

療養病棟

1億4200万円

1億4500万円

プラス290万円

 

4月診療報酬改悪の影響はもっぱら一般病棟に現れました。二つの表を一つにしたため見にくいのですが、実際のダウン率は1.7%に留まりました。

これは一般病棟の落ち込みが予想を下回ったことに加え、療養病棟が昨年より実績を伸ばしたことによるものです。すでにここでも職員の頑張りが示されています。

しかし、事業利益は残念ながら大幅に悪化しています。昨年同期に比べ利益は1200万円の悪化を示しています(本部経費を除く)。既存の医療・経営構造のままの頑張りでは、展望は切り開けないことが、すでにこの時点で明らかです。

 

2.医療区分導入に伴う収益の減少とその克服

①医療区分導入で収益は劇的に減少した

 

第一四半期(再掲)

第二四半期(前年同期よりのダウン幅)

第三四半期(前年同期よりのダウン幅)

一般病棟(2A、2B)

2億5900万円

2億6200万円(マイナス90万円)

2億7900万円(プラス810万円)

療養病棟(3、4病棟)

1億4500万円

1億3000万円(マイナス2100万円)

1億3400万円(マイナス1600万円)

病棟合計

4億0100万円

3億9400万円(マイナス1800万円)

4億1300万円(マイナス700万円)

第二四半期に入り、恐れていた医療区分の導入効果が現実のものとなりました。療養病棟は第一四半期に比べ収益を1500万円、10%強も減らしました。前年同期に比べ2100万円の減収です。

しかしそれは、16%=2700万円減という予想に比べればはるかに健闘した内容でもありました。さらに第三四半期に入ってからは、医療区分のランクアップやベッド稼働率の向上などの努力などが実を結び、400万円の回復が見られています。

この間、最大の希望は一般病棟にありました。一般病棟の収益は急速に回復し、療養病棟の収入減を補うようになりました。第三四半期では第一四半期を1200万円、診療報酬改悪前の05年第一四半期を810万円も上回る収益を実現しました。

この結果、収益面だけ見れば、12月末の時点で医療区分導入の影響は克服できたことになります。まさに道東勤医協の底力が発揮された驚異的ながんばりです。

一般病棟Aの新規入院患者数は同じベット数で14名増えました。一般病棟Bにおいては新規入院患者中、緊急・即日入院患者の占める割合が53%から64%へと上昇しました。まさに「泣きながらのがんばり」です。

②医療区分導入は利益の悪化に直結した(内は昨年同期比較)

 

第一四半期

第二四半期

第三四半期

入院部門収益(再掲)

4億0100万円

3億9400万円

4億1300万円

事業費用(病院全体)

6億2000万円

6億1400万円

6億2400万円

利益(病院全体)

マイナス200万円

マイナス2000万円

マイナス1300万円

療養病棟の収益減は100%利益減としてかぶってきます。仮に収益を改悪前の状態に復帰させれば、そのための費用は全て赤字の増加となって現れます。経営構造の悪化です。

しかし喘ぎながらでも収益を増加させれば、それはそれなりに利益の改善に結びついていきます。上の表を見れば分かるように、第二四半期と第三四半期を比べると、収益が1900万円増えたことにより、赤字幅が700万円減っています。

 

③我々の努力は医療・経営構造を変えた: 支出構造の変化

 

05年度第一四半期

第一四半期

第二四半期

第三四半期

人件費

3億1600万円

3億1400万円

3億1500万円

3億3100万円

材料費

1億1900万円

1億2400万円

1億2900万円

1億2600万円

経費

9700万円

9900万円

1億0600万

1億0100万円

第二四半期はもっとも困難な時期でした。収益が減る中で費用の三要素がすべて上昇しています。特に材料費は第一四半期を500万円上回り、昨年同期に比べると1000万円も増えています。

第三四半期は、入院の収支構造が変化したことを典型的に示した時期となりました。第二四半期と比べると、収益が1900万の伸びなのに対して、時間外をふくめた人件費は1600万円も伸びています。これに対し医薬品費は価格交渉の成果により800万円も減少しました。診療材料費が700万円上がっていることを考えると、薬品使用量そのものは増えているはずで、実際には1000万円を超える経営効果を上げていると思われます。これが赤字を減少させる原動力となりました。

 

④収益増に関する若干の考察

私たちはここまでのがんばりで、かなり借りを返すことに成功しました。まず一般病棟のがんばりで収益を1900万円改善させました。ついで医薬品・材料費を節減することで利益を300万円改善しました。また療養病棟のアダプト努力により、400万円収益を増やしています。こうして2006年12月末現在で赤字を700万円減少させました。

一見すると、収益が増えれば増えるほど、それを上回る勢いで費用が増えていき、かえって赤字が増えるように見えます。いっそ、がんばらないほうが良い、人減らし合理化が唯一の解決策のようにも見えます。

しかし、私たちはゼロから出発したのではなく、マイナスから出発したのだということを忘れてはなりません。そこから考えれば、私たちは収益を大幅に増やしただけではなく、利益も立派に生み出しているのです。「稼ぐに追いつく貧乏なし」ということです。

収益増がなぜ大事なのでしょう。

第一に、収益が増えれば政策的選択の幅が広がります。これから語る病棟再編も、収益の着実な増加があったからこそ成り立った作戦でした。第二に、収益の増加は、医療と患者結集が順調に機能していることの反映です。すなわち経営インフラが健全であることの証拠です。第三に、収益増は全職員が気持ちをひとつする闘いの目標となりえます。泣きながらでもがんばれば成果が見える目標です。第四に、それは医療を必要としている人々に奉仕しようとする医療者としての実践と一致するからです。少なくともそれは、経営改善のために患者にしわ寄せしたり、切り捨てたりすることをもとめてはいません。

もちろんそれは出発点であり、その上にさまざまな経営上の工夫が必要とされていることは言うまでもありません。地域の患者状況や医師・看護婦事情によっては、長期的にはダウンサイジングや、特定機能への特化が必要となることがあるかもしれません。しかし収益増=職員のがんばりを出発点としない経営上の「対応」は、いずれ大きな壁にぶちあたるでしょう。

考えてみれば、療養病床制度の導入は「医師労働の軽減、医師不足への対応」などを理由としていましたが、いま考えれば、「楽して稼ごう」式の「対応」の側面が否定し切れません。厚労省にだまされたと愚痴るばかりでなく、だまされた私たちも反省しなくてはならないところがあります。

 

 

3.病棟再編による経営の劇的改善

①病棟再編計画の提起

第二四半期から第三四半期へと、職員の奮闘により経営改善の兆しが見えてきましたが、このままではとうてい持続可能な経営は成り立ちません。医療内容の変化までふくむ構造改善が必要です。

そこで管理部はベッド再編計画を打ち出しました。その柱は①4階病棟を療養病棟から一般病棟に変換すること、②2B病棟(急性期)の障害者加算を返上し、代わりに4階病棟に障害者加算制度と導入すること、③急性期をあつかう二つの病棟の病床数を20床減らすこと、減少分は二つの病棟に計4床の緊急ベッドを配置し、4階病棟を機動的に活用することで補うこと、でした。病床減は4階の看護要員を確保するための余儀ない選択でした。

いくつかのプロジェクトが重なる、複雑な課題でした。議論は難航しました。問題は①病床減で収益への影響はどのくらい出るのか、②4階病棟は一般病棟に変換した上に、障害者加算までとって、看護体制としてやっていけるのか、③今でも窮屈な急性期病棟は病床減になって急患に対応できるのか、④一般病棟は医師数の縛りがあるが、標欠になる危険はないのか、などでした。

管理部は、①病床減による収益減は稼働率アップにより取り戻せる、②同じ人件費で医療区分1の患者20人を診れば一日15万円、これは類アップと障害者加算分で取り返せる、③4階看護体制は二交代制度をとることで立ち上げ可能(持続可能とは言えないが)、④急性期病棟の病床減は、2Bが障害者加算を返上することで対応できる、⑤医師数問題は医師数が確保されている今の間に申請してしまい、あとは残った医師でがんばるしかない、と判断しました。

折も折り、内科常勤医の一人が退職の意向を示しました。総院長が内科スタッフ医師を呼び(といっても総院長をふくめ3名)、医師不足の中での入院ベッド「死守」について、膝を交えて懇談しました。「やりましょう、やるしかないでしょう」という結論でした。

 

②病棟再編による収益の変化

1月まで旧体制、2月を移行期とし、3月1日をもって新病棟体制に移行しました。したがって第四四半期は分析の対象となりません。直前の06年度第三四半期と2007年度第一四半期を比較します。また、収支決算が「06ショック」前と比べてどうかを見る場合、05年度同期との比較が必要です。それを下の表にまとめて示します。

 

06年第三四半期

07年第一四半期

05年第一四半期

入院部門収益(再掲)

4億1300万円

3億9500万円

4億0800万円

事業費用(病院全体)

5億8600万円

5億6000万円

5億6100万円

利益(病院全体)

マイナス1300万円

マイナス100万円

プラス1000万円

 (事業費用から本部費は除いてあります)

収益はやはりベッドの20床減が利いて、第三四半期に比べ1800万円落ちています。しかし第二四半期の収益とはほぼ同額です。基本的には、ベッド減の影響は最小限に食い止められてみてよいでしょう。

利益は本部費を除きほぼプラスマイナス・ゼロまで回復しました。第三四半期に比べ1200万円の改善です。05年度に比べるとまだ900万円ほど足りませんが、この年は特殊だった可能性があり、04年度の同期はマイナス300万円となっています。

 

③事業費用の内訳の変化

 

06年度第三四半期

07年度第一四半期

05年度第一四半期

人件費

3億3100万円

3億2500万円

3億1600万円

材料費

1億2600万円

1億1600万円

1億1900万円

経費

1億0100万円

9400万

9700万円

事業費用は第三四半期に比べ2400万円という驚異的な削減です。内訳を見ると、人件費の600万円減、材料費の1000万円減、経費の700万円減というように軒並み大幅にダウンしています。

人件費減を細かく見ると、常勤職員給与はむしろ増加しており、主として非常勤職員給与の700万円減少によるものです。(法定福利費の1200万円減という怪しい項目もある)

材料費減を細かく見ると、診療材料費が1200万円減少しており、医薬品費はむしろ300万円近く増加しています。外注委託費も変化ありません。もう医薬品値引きの影響はありません。経費の細目も満遍なく減っていますが、光熱水費が400万円減っています。

 

④医療内容との関連

これを医療内容と関連付けてみると、変化が見えてきます。

20床ベットが減ったということは、毎日入院患者が20人づつ減ったということを意味しているわけではありません。ベッドの稼働率と患者回転率が向上すれば良いのです。

 

ベット数

 

 

 

急性期病棟(2A、2B)

89⇒70

 

 

 

慢性期病棟(3階,4階)

95⇒95

 

 

 

医薬品費・検査外注費が変化ないことは、内科系急性期患者の数が変わっていないことを意味します。したがってベッド減の影響は療養型患者に振り向けられていることを意味します。そして医師・看護婦など職員がその後もがんばり続けていることを意味します。

診療材料費の著減は、季節変動に加え、整形外科固定が退職し、外科的処置が減少したこと、つまり、外科系患者の比率が減ってることを意味します。それは収益減に直接結びついています。それは間接的には、内科急患の入院の比率が高まったことを意味します。

非常勤職員の減少は、いわゆる介護重患の比率が減ったことを反映しているかもしれません。これについてはあとで別資料で点検します。一般経費の減少は、職員の間に危機意識が浸透したことの表れかもしれません。

まだ四半期を過ぎたばかりの時点で、長期見通しを語るのは慎重でなければなりませんが、第二四半期に入ってからも引き続き同様の傾向が続いていることから、病棟再編による経営改善は定着しつつあるものと見てよさそうです。