そろそろやめようかと思ったが、次のような文献を見つけてしまった。
教材発掘 ・ 歌人 山崎方代 (国語科教諭 鈴木 芳明)
というネット文献としては膨大なもの。この文献がどういう由来のものかはさっぱりわからない。多分高校生の国語の授業用に作られた教師向け参考書なのだろうと思う。
本来なら前回記事と統合すべきだろうが、それはかなりしんどい作業となりそうだ。
一応要点だけ、抜き出す形で勘弁させてもらう。

1.方代の生いたち
父龍吉が65歳、母けさが44歳の時の子で、8人兄弟の末っ子だが、長女は里子に出され、5女が家に残りほかはすべてなくなっていた。
大正三年霜月の 霜降るあした生まれて 父の死を早めたり
はウソで、父は90すぎまで生きた。
間引きそこねてうまれ来しかば 人も呼ぶ 死んでも生きても方代である
も、ウソである。ただの強がりだ。
方代はウソつきで、書いてあることをそのまま信じてはいけない。ただ本当なのは彼の生活が半端でなく貧しい辛く悲しいものだったことだ。子供が一生懸命お話を作って、現実とフィクションを交錯させるように方代はウソをついて自分を慰めている。
水呑百姓の子に生まれ、両親が失明する。5女もやがて亡くなる。自分は小学校で学業を終え両親の世話をしながら百姓仕事を続ける。
常の如く めしひの父母を隣家の人にたのみて 野良にいできつ
わからなくなれば 夜霧に垂れさがる黒きのれんを 分けて出でゆく
父と母 しかといだきて 永久に土をたがやす 吾が運命なり
そういうウソをやめて自分に素直になれば、恐ろしいほどの現実が襲ってくる。これは普通の人が感じる現実とおばけの関係と逆になっている。
親子心中の 小さな記事を切りぬいて 今日の日記を埋めておきたり
卓袱台の上の土瓶に 心中をうちあけてより 楽になりたり
庭土をわずかにそめて ひっそりと雪がやんでおる 死ぬるは易し
長じて戦争に行く。その時の歌は、実はあまりない。
息絶えし 胸の上にて 水筒の水が ごぼりと音あげにけり
狂いたる本間一等兵が タラップの闇に 女房の名をよんでいる
たしかに、こんな歌、いくつも書けないだろう。
戦後間もなく傷痍軍人となって復員した。片眼失明で、おそらく交感性眼炎で残る目も弱視となった。おまけにその目でものを見るから、目つきが悪くなる。当然まっとうな職にはつけず、靴修理や沖仲仕など底辺の仕事で食いつないだ。
盗み来し茄子 大根もけずり入れて 一人厳かに夕餉を終る
かくのごと 生きていることを恥じながら もげしボタンをくくり付けたり
今日は今日の 悔を残して眠るべし 眠れば明日があり闘いがある
昭和40年(1965)51歳の時に、それまでずっと方代を庇護してくれていた姉が亡くなった。彼は天涯孤独となって姉の家を出た。
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昭和43年(1968)に戸塚の農家の手つだいとなり、納屋をあてがわれた。納屋には電気がきていた。コンセントに電気コンロや中古電気釜をつないだ。水は近くの市立千秀小学校の運動場にある水道蛇口にバケツをさげて貰いに行っていた。
盲いてゆく 瞼をとじて 遠きひと姉の名を呼ぶ 弟なれば
しかしこの頃から少しづつ方代の歌は評価されるようになった。とくに吉野秀雄の知己を得てからは、全国誌にも歌が掲載されるようになり、とくに郷里山梨での評価が高まった。


ということで、みなさんも気になるだろう。あの歌が出てこないのだ。
安久津英 著 「方代を読む」 の中野和子さんによる書評にある 
ほいほいと ほめそやされて 
生命さえほめ殺されし人が
ありたり

という歌だ。
ある文章では 
中道町では、平成12年(2000)より、教育委員会が方代のホームページを開設していて
方代の四つの歌集である、『方代』、『右左口』、『こおろぎ』、『迦葉』所収のすべての歌を見ることができます。
とあるのでさがしてみたが、それらしきサイトは見当たらない。

多分これがその残骸だろうと思われる。
[PDF]山崎方代全歌集というページだ。
ページはちゃんと開くのだが、中身が空っぽになっている。

グーグルの検索ページでは、見出しの下に
ばわたりてぞゆく. 吸いすてし煙草の. けむりののぼる. のもわれにくわ. えるものと思う. この. われが山崎方代. であると云うこの. 感情をまずはあ ...... 柿の木に礼をつく. して柿の実を梢. に三粒. 挘. ぎ残し. たり. 柿の. 木の梢に止りほい. ほいと口から種. を吹き出しておる. 黄金色の落葉 ...... 一日に異存はない. よ鍋底を顔の照. るまで磨きあげ. たり. ほいほい. とほめそやされ. て生命さえほめ. 殺されし人があり. たり. なるようになっ.
と、一部が書き出されている。ここに歌が載っているので、こういう歌が間違いなく存在するようだ。
“安久津英 著 「方代を読む」 の中野和子さん”の方からも検索をかけてみたが、一向に引っかからない。中野さんは多分弁護士の中野和子さんだろうと思うが確信はない。
まぁいずれ誰かが書いてくれるだろう。こちらにも、正直いまのところそれほどのガッツはない。とりあえず終了。