どうも気になるのだが、「電力の7分の1が太陽光」という赤旗記事のウラが取れない。

岡本記者の計算式は5653万キロワット(7月の最大需要)を、太陽光発電の供給実績800万キロワットで割ったものであろう。
しかし東電自身はそのことを、少なくとも積極的には明らかにしていない。
いちばんの問題は最大需要がキロワット/時であるように太陽光発電の供給実績の単位がキロワット/時なのどうかだ。

ともかく東電の昨年夏実績を調べてみるしかない。ところがこれがない。

仕方がないので、“太陽光発電+ニュース”で類似した報道がないかを検索することにする。

9月3日の朝日新聞DIGITALで
太陽光発電、九電が停止要求の可能性。原発再稼働で供給過多?  電気の需要を超えて供給が増えると、電気の周波数が変動して大規模な停電につながりかねない。

というニュースがあった。
九州では太陽光発電が普及し、4月29日午後1時には電力消費のう8割以上を太陽光発電がまかなった。
九電は太陽光発電による揚水発電などで需給のバランスを調整してきた。これらの調整が難しくなれば「出力制御」する他ない。
九電では原発が再稼働し原発4基態勢になった。このため消費の少ない春/秋には電気が余ることになる。
というのが要旨

スマートジャパン 2018年07月17日
中国電力エリアの太陽光発電が「出力制御枠」に到達、今後の接続は無補償に
中国電力が再エネ電気を受け入れられなくなった。
この後は、再エネ事業者が年間30日を超えた無補償の出力抑制に応じることを前提に、接続を受け入れることとなった。
中国電力への接続は2018年7月11日現在387万kW、さらに接続申し込みは273万kWに達している。

スマートジャパン 2018年6月
このほど閣議決定された「第5次エネルギー基本計画」は再生可能エネルギーが“主力電源”と宣言した。
国のエネルギー基本計画では2030年時点での再生可能エネルギー比率が22~24%、その中で太陽光発電には7%となっている。
これを克服するためには“コスト競争力”を持つことが必要だ。非化石価値取引市場が創設され、経済化が可能になっている。
さらに自家消費を活用することで、系統への負荷を下げることができる。

赤旗とほぼ同内容の記事があった。
中日新聞 2018年7月25日
中部電力の管内は、猛暑で想定を上回る電力需要となっている。
しかし、電力は潤沢に供給され、エアコン使用にも耐えている。
理由は急速に導入進む太陽光発電のためである。太陽光は晴天時に500万~600万キロワットの出力がある。
電源構成の6割を占める液化天然ガス(LNG)は日没後の太陽光の電気が急減する中で出力調整に力を発揮している。
7月の3日間の最大電力は2600万キロワットで、想定していた2500万キロワットを上回った。
それでも供給余力を示す予備率は7%以上あり、中電は節電を呼び掛けていない。
良いことづくめの太陽光だが、今後は「電力余り」が深刻な課題となりそうだ。閑忙期の春、秋には火力発電は出力を絞らざるを得ず、投資回収が難しくなっている。

一方で、関西電力の態度は対照的である。
関西電力の管内で、暑さで冷房需要が増加し、余力が2%しかない「非常に厳しい」状態となった。
関西電力は、東京電力や中部電力など、合わせて5社から計100万キロワットの電力の融通を受けて乗り切った。
関西電力については、新エネルギーの採用率が低いことが挙げられている。平成29年度の関西電力発電量で、新エネルギーの割合は、0.029%しかない。
これにははっきりした理由がある。関西電力は原発に凝り固まっており、いまや前世紀の遺物と化しているのだ。原理主義者・関電のページを見ると唖然とする。それがこの「細野真宏の世界一わかりやすいエネルギーの授業」というページだ。 
正しいか正しくないかという問題以前に、関西電力のホームページとしてこのような記述がいかがなものか? と、思わず苦笑してしまう。電力料金がこのような形で使われることの妥当性は、法的にも問われるのではないだろうか。
kansaidenryoku

テーマ1の「『太陽光発電は原子力発電の27基ぶん』って本当?」という見出しは、小泉元総理大臣が喋った言葉を「無知のたまもの」と嘲っているのだ。
中身は見てくれればわかるのだが、これは稼働率を掛けていない瞬間の数だから、全然話にならないといっている。
しかし御承知のように電気というのは生もので、ピーク時にどれだけ点数を叩き出せるかが問題になるのだ。野球でも最近では打率より得点圏打率や出塁率を評価するようになっている。
「足りなきゃ他人から借りりゃいい」と思っている人に意見されたくはない。
第二に稼働率を言うなら有効稼働率を考えるべきだ。経済的に見た原発の最大の弱点がそこなのだ。とにかく需要がなくても発電し続けなければならない。それは捨てるしかない。
それに比べると、とにかく太陽光はコストが安い。これが決定的な利点だ。ちまちまとやっているから小回りも融通も効く。台風で吹き飛ばされたら、拾ってきてまた据え付ければよい。
問題は火発との折り合いなのだろうが、そのへんはパブリックなコスト負担でもよいのだろうと思う。そうしてもなおかつ安い。

私のアイデアだが、かつての休耕田のように農民を売電地主にしてはどうか。こういう形で整備された平地を残しておくことは、将来の役に立つのではないかと思う。