ベネズエラ革命は勝利できるだろうか


これは今から10年前に書いた記事です。タンスを引っ掻き回していたら出てきました。
あの頃、まだチャベスは健在で、ベネズエラ革命は不抜のように見えました。しかしアメリカは諦めてはいなかった…その事がよく分かる記事です。



いまベネズエラ革命は、数々の困難を乗り越えて大きく前進しつつあります。しかしそれが長期に見て勝利を収めうるのかどうかは、依然として不透明です。

革命そのものが抱える困難は、おおきく言って外部的な困難と内部的な困難に分けられます。このうち内部的な問題については専門的になるし、意見も分かれるところがありますので、ここでは簡単に触れるにとどめます。

言うまでもなく外部的な困難のうち最大のものはアメリカとの関係にあります。というより、ベネズエラ革命が抱える困難の圧倒的な部分は米国の干渉がもたらしたものです。

チャベス下ろしの策動は、これまで大きなものだけでも、すでに3回も実行されました。1回目は2002年4月の失敗したクーデターです。2回目は同じ2002年の12月に始まり、2ヶ月にわたって続いた「ゼネスト」です。そして3回目が2004年8月に行なわれたチャベス解任を求めるリコール投票です。それらのもくろみは、そのたびに失敗してきました。

 

米国はベネズエラをあきらめていない

①ベネズエラ政府転覆の秘密作戦

昨年、調査ジャーナリストのエバ・ゴリンジャーは、情報公開法(FOIA)を通じて最高機密のCIA文書を入手しました。2002年4月のクーデターの2日前のものでした。それはCIAのクーデターへの関わりを証明し、複雑な経路をとった資金援助を明らかにしています。

これによると、クーデター組織への援助は2001年から始まっています。秘密資金は、米国議会の全額拠出する準政府機関の「国家民主主義振興会」(NED)および米国国際開発局(USAID)を通じて行なわれました。

これらの機関の資金は、最終的にチャベス反対派に流れました。それは暴力的な街頭抗議行動の準備・組織に用いられ、クーデター当日の大デモへとつながっていきました。さらに2002年末から翌年初めにかけての石油公社のストライキや、2004年8月のチャベスに対するリコール投票にも用いられました。

ゴリンジャーが入手した文書は、米国国務省、国家安全保障局、そしてホワイトハウスがこれら三つの陰謀を全面的に掌握し、それを是認していたことを、一点の曇りもなく明らかにしています。

②三つの政府打倒計画

2002年4月のクーデターについては私の別著「ベネズエラ…何が起きたのか?」をご参照ください。このときは企業連合が、武力挑発の後「虐殺事件」をデッチあげ、これに連動して軍の反チャベス派がクーデターを起こし、チャベスを逮捕・拘留しました。

しかし市民の反撃にあい、権力が維持できなくなり「新政府」はわずか2日間で崩壊してしまったのです。

二回目の計画は、企業が営業をストップさせ、これと連動して国営石油の操業を停止させる作戦でした。反政府派の労働組合が音頭をとり、表面的にはストライキのように見えますが、実体はアメリカの意を受けた生産サボタージュです。

30年前のチリではトラック運送業や、商店主の波状的なサボタージュがアジェンデ大統領と民主連合政府を痛みつけ、クーデターへとつながっていきました。しかしベネズエラでは軍と政府が石油生産を管理し、銀行などの敵対行為に対しては外国為替の取引を停止するという強硬手段で、押さえ込むことに成功しました。

政府は石油生産と金融機能を抑え、流通機構の統制にも乗り出しました。それがメルカル計画です。これらの措置により反チャベス派企業や労組の力は大幅にダウンしてしまいました。

三つ目の計画は大統領リコール投票です。これは大統領のリコール権を認めた新憲法を逆手にとって、チャベスを追い落とそうという、一見合法的な闘争形態をとりました。

しかし、それはリコール投票をキャンペーンの手段として利用することに目的がありました。反政府派はリコール要求署名を集め、それが法定数に達したとしてリコール投票の実施を求めました。ところが選挙管理委員会で署名をチェックすると、不正な署名が圧倒的に多く、そもそもリコール投票の実施に必要な要件を満たしていないことが明らかになりました。

選挙管理委員会が中間報告の形でそのことを明らかにすると、反政府派は政府と選管の違法な独裁を糾弾し、カラカスを中心に大規模な暴動を引き起こしたのです。この暴動で多くの人が犠牲になり、国際世論はチャベスを批判するようになりました。ここまではメディアを使った反政府キャンペーンが一定の成功を収めたといえます。

政府は、カーター元大統領や米州機構の調停を受け入れ、リコール投票の実施を受け入れることになります。

しかし、その裏にはこの国民投票に勝てるという、チャベスの絶対的な自信がありました。そして結果はそのとおりになりました。

③その後の政府打倒計画

これまで何回かの米国によるチャベス政権転覆策動はことごとく失敗してきました。かといって米国が手をこまねいているわけではありません。むしろ追い詰められれば追い詰められるほど、その凶暴さをむき出しにしてきているといえます。

 

ウーゴ・チャベスは、米国が彼の暗殺計画をもっていると確信しています。彼は、正しいかもしれません。

ニューヨーク州ビンガンプトン大学の名誉教授でラテンアメリカの専門家であるジェームズ・ペトラスは、以下のように述べています。

「米国はチャベスとカストロを軍事的に打倒する戦略を持っている。それは二段階に分かれている。まずチャベス政権を倒す。そしてキューバへのエネルギー供給をとめる。それから経済的締め付けを強め、最後に軍による攻撃へと進む。

チャベスを倒すために 、米国は「三角形の戦略」を使用するだろう。まずコロンビアから反革命軍部隊が侵入する。米国は空と海からベネズエラを攻撃し、さらに特殊部隊が政府幹部を暗殺するなど破壊工作を行なう。そして国内においては、潜入したテロリストと軍内の反チャベス派により反乱を引き起こす。これらの作戦はメディア、銀行界、石油会社幹部によって支持されるだろう。

これに先立ち、米国はコロンビアに軍事援助30億ドルを提供する。おそらく「麻薬戦争」のためという名目がつけられるだろう。この援助によりコロンビア軍の規模は現在の3倍以上、27万人に達するだろう。そして、新しいヘリコプターや爆撃機を加え、「先進的な軍事技術」を獲得するだろう」

②反チャベス宣伝の強化

クーデター、石油スト、リコール投票の全期間を通じて、米国は反チャベス・レトリックを強めました。それは、米国の民衆に、チャベスの除去を何か良い変化が起こったかのように受容させようとするものでした。

そのときと同じレトリックが、次のチャベス追放計画のときにも、それに先立って展開されるでしょう。実際、それはすでに始まっているともいえます。

2005年の初め、CIA長官ポーター・ゴスが上院情報委員会で証言しました。その中でゴスはベネズエラに言及し、「潜在的な不安定地域」であり「発火点」だと表現しました。彼はまた、ウーゴ・チャベスが「合法的な戦術を用いて彼の権力を強化し、敵対者を攻撃し、他の地域に干渉しようとしている」と非難しました。

他にも米政府当局者は、チャベスを「地域への否定的な力」であり、「新しい種類の権威主義である」と攻撃しています。そしていささかのためらいもなく、ベネズエラ政府を「権威主義的民主主義」、「民主主義に対する脅威」、「選ばれた独裁」と呼んでいます(何たる形容矛盾!)。

常に自発的で恥知らずな共謀者である米国メディアは、これらの反チャベス感情を増幅し続けています。それらのキャンペーンは米国の国益に対する脅威としてチャベスを描き出しています。

このタイプのレトリックが新しい年を迎えても続き、強化されるならば、それは何かが起きている鮮明な兆候であるかもしれません。



長年フォローしていると、明らかなのは「理由は後からついてくる」ということです。人権だろうと民主主義であろうと対外債務であろうと経済危機であろうと、とにかく理由はつけられるのです。問題はメディアがそれをあたかも真実のように報道することです。