“Home sweet home”は反戦歌?

このあいだ、啄木の「時代閉塞」について書いた文章に、大変ありがたいコメントを頂きましたたが、わたしはそれほどのものではなくただの通りすがりです。
ただ、最晩年の啄木の到達点が素通りされているのではないかというのが気になって少し調べただけです。
なにか大変な宿題をもらってしまったので、少し調べ始めました。
といっても気ままな一人旅、あちこち寄り道ばかりです。
ネットでこんな文章を見つけました。
北斗 露草 著 「野口雨情が石川啄木を認めなかった理由(わけ)ー『小樽日報』陰謀事件の顛末」 2011年

ずいぶんと前置きの長い本で、
1.野口雨情の歌
一 歌われなくなった童謡
という節が延々と続くのです。「昔は良かった」風に唱歌や童謡の歌詞が紹介されていきます。
それはそれで楽しいので、読み進んでいきますと、『埴生の宿』の説明がでてきます。

1823年イングランドのH.ローリー・ビショップによって作曲された『ミラノの少女』というオペラの中で歌われたのがはじめである。この歌を『庭の千草』やアニー・ローリー』などの訳詞を手がけた里見義(ただし)が見事な日本の詩に仕上げてくれた。

と紹介されています。これが気になって原曲の「Home sweet home」を聞きに行ったのです。
Youtubeでいくつかの演奏が聞けますが、その中で気になったのが The John McCarthy Chorus というファイルです。

演奏もなかなか優れたものですが、このファイルにつけられたコメントに気になるものがありました。

This song will show what soliders are missing most when they are fighitng on the battlefields during WW1, WW2, Falklands, Afghanistan and Iraq

それで、歌そのものにそういう背景があるのか気になって調べることにしました。といってもウィキペディアを当たるだけの話ですが…
「Home sweet home」の画像検索結果
この曲は、アメリカの俳優兼劇作家ジョン・ハワード・ペインが1823年に上演したオペラ「クラリ」(またはミラノのメイド)で用いられました。
メロディーを作ったのは英国人サー・ヘンリー・ビショップで、これにペインが歌詞を付けたものです。
後にビショップはこの曲がオリジナルではないと告白しました。彼はすでにこの曲を一度発表していたのです。
それは「シチリアのアリア」と題された、もっと洗練されたものでした。
その歌詞にHome! Home! Sweet, sweet home! There's no place like home
が含まれていたのです。
その後、オペラとは別にこの曲が「Home sweet home」として出版されました。
なんと10万部が売れ、2千ポンドもの利益を上げたそうです。
この話にはもう一段あります。1852年にビショップはこの曲をバラード仕立てにして、アメリカに売り込んだのだそうです。その曲は南北戦争前後のアメリカでバカ売れしたようです。
ところが当局にはこの曲がサトゴコロを誘うということで嫌われたようで、歌うことまかりならぬと禁止されたようです。
Opposition to War: An Encyclopedia of U.S. Peace and Antiwar Movements という本にも同様のことが書かれています。
この辺が、“soliders are missing most when they are fighitng on the battlefields” の所以かもしれません。
第一次大戦のとき、Home Sweet Home For You We're Fighting という歌が流行ったそうですが、元歌とは全然関係のないメロディです。
なお英語版ウィキペディアには御丁寧に『ビルマの竪琴』の話まで紹介されています。
「ビルマの竪琴」の画像検索結果
ということで、反戦歌というのにはちょっと…ではあるが、厭戦気分を誘うのには十分ということのようです。