アルメニア 首相交代劇の背景

最初にパシニャン新首相の紹介。
エレバン在住日本人の長谷川さんが詳しく紹介されている。
パシニャン(Pashinyan)は1975年生まれ。エレバン大学を中退しジャーナリストとなる。
彼はアルメニア国立大学ジャーナリズム学部でトップクラスの優等生でしたが、当時の学長の批判記事を書いて問題になり、その学長から、「記事の内容を否定しないと退学にするぞ!」と脅されても、「これは事実だから否定などしない!」と突っぱねて退学になりました。
06年には、ペトロシャン初代大統領を党首とする野党創設に加わる。
また、長谷川さんからの引用。
政治家になる前は、「アルメニアタイム」というリベラルな新聞紙の編集者を務めていました。在職中は共和党の腐敗政治を激しく批判し続け、10年前の大統領選挙の不正に対する違法な抗議活動を行ったとして、当局から指名手配されました。1年以上の逃亡生活の末、2009年に自ら出頭して逮捕。2年の服役を終えて出所後、野党「アルメニア国民議会」のリーダー的存在になり、2012年に当選して国会議員になりました。
これで4年間活動した後、今度は新党を立ち上げる。
2016年に、他の野党党首と共に、「エルク(アルメニア語で出口・糸口の意味)」という政党を結成。翌年の国会議員選挙で9議席を獲得し、第二野党となりました。
今年になって、反政府活動に本格的なギヤが入ったようだ。
2018年初めにセルジ・サルキシャン(Sarkisian)大統領が首相就任の意思を表明した。背景はよくわからないが、大統領を一人で何代も重ねると人聞きが悪いせいかもしれない。それで憲法を変えて議院内閣制にした。議院内閣制にすると国家のトップは間接選挙制になる。別に任期は必要なくなる、という理屈だ。
これに抗議するため、パシニャンは地方からエレバンに向かって歩きはじめた。歩く先々でサルキシャンに抗議する集会を開く、「マイステップ」運動を展開するためだ。
このあたり、なにかコスタ・ガブラスの「Z」を彷彿とさせる筋書きだ。背景には権力の腐敗と貧富の格差に対する底知れぬ怒りが渦巻いているようだ。
また、長谷川さんの引用。
アルメニアも、そんな厚顔無恥で強欲な人間たちがずっと国を支配してきました…。ただ、その腐敗のレベルがとにかく半端ない
最近、ある大物政治家が不法に大量の武器を所有していた容疑で逮捕されました。彼は、ナゴルノ・カラバフ紛争で大佐を務めた元軍人です。
警察が彼の豪邸を捜査したところ、隠し持っていた武器の他に、何十台もの高級車や水上バイク、虎やライオンなどが飼われたミニ動物園までありました。…驚いたのは、市民らが前線で戦う兵士たちのために送った食料や物資を横領して、何とその食料を自分が飼っている動物の餌にしていたことです。
(すみません、ちょっと文章削りました。長谷川さんの原文でしっかり味わってください)

2ヶ月をかけた政治行脚の中で、国民の怒りが形となって現れてきた。

4月9日 サルキシャン大統領の任期が満了となった。サルキシャンは与党の支持を受け首相にされた。その4日後、パシニャンのキャラバンが膨れ上がって首都エレバン入りした。連日に渡り大規模な集会が開催され、政治的緊張は一気に高まった。
サルキシャン・パシニャン会談が開かれたが、会談の直後、パシニャン議員は違法なデモを扇動したという理由で拘束された。この愚挙は火に油を注ぐ結果となった。最大規模の抗議集会が開かれ、デモ参加者は10万人を超えた。兵士や警察の一部までがデモに参加した。Youtubeに集会を記録した動画がアップされている。昼の映像を見ると10万はちょっと大げさだと思ったが、夜になると広場は群衆で膨れ上がってくる。
これを見たサルキシャンは観念したようだ。23日、サルキシャンは「パシニャンは正しく、私は正しくなかった。私は首相職を去る」との声明を発表し辞任した。
サルキシャンが辞任した後、暫定首相となったのは、サルキシャン政権のもとで首相を務めていたカラペチャン(Karapetyan)という人だ。パシニャンは国民的な人気こそあるが国会内では第二野党の党首に過ぎない。与党としては不人気のサルキシャンでなければ、誰が首相になっても騒ぎは収まるだろうと高をくくっていたのではないか。
ところが与党にさらに追い打ちをかけるような出来事が発生した。ロシア大統領のプーチンがカラペチャン首相代行との電話会談に応じた。そして、「投票は非常に重要だ」と強調したのである。
実はアルメニアは経済困難のもとにあり、ロシアの援助なしにはやっていけない状況になっている。政治混乱になればロシアが介入してくるのは明らかであり、そうなれば国家は持たなくなってしまう。与党は大混乱に陥った。
26日、議会は首相選出の投票を5月1日に行うと決定した。パシニャンは投票そのものは受け入れたが、自身が来週の投票で首相に選出されるべきだと主張した。与党は候補者を出さず、結果として唯一の候補者パシニャンへの信任投票ということになった。
ところが、与党は候補は出さないが、パシニャンを信任もしないという態度に出た。そうなれば政治は空転し議会選挙ということになる。議会選挙で与党がふたたび勝利すれば、「ミソギは済んだ」ということになる。
5月1日、議会で首相選挙が行われ、唯一の候補となったパシニャンへの信任投票は僅差で否決された。パシニャンはただちに市民にゼネストを呼びかけた。ゼネストは成功し首都はマヒ状態となった。
クーデターも考えられたが、ロシアの圧力はそれを許さなかった。プーチンにしてみればシリア、ウクライナに加えてさらなる国際紛争はとても許される状況にはない。
ついに与党共和党は「議員の3分の1以上の支持を得た候補者を首相に任命する」という声明を発表し、事実上パシニャン氏の首相就任を認めた。5月8日、議会はパシニャンを首相に選出。パシニャンは与党・共和党内からも支持を獲得した。直後の声明でパシニャンはロシアとの関係継続を表明し、プーチンはパシニャンを祝福した。
共和国広場で雨の中祝賀集会が行われた。パシニャンは「アルメニアに普通の生活をもたらす、汚職と政治的迫害を過去のものにする」と宣言した。

とまあ、一応まとめてみたんですが、誰か追加してください。
ナゴルノ・カラバフ紛争の頃、なんとなく胡散臭さを感じながら読んでいた記憶があるが、調べてみるとやはりこういう経過があったのだ。
ユーゴスラビア内戦も、世上セルビアばかりが悪者扱いされているが、個別の事象を見ていると、むしろクロアチア側に理不尽さを感じる場面も多々ある。まさか第二次大戦時のファシストの伝統が生き残っているというわけでもなかろうが…