先日、夕張鹿鳴館という施設を見てきたが、いろいろと評価が難しい施設だと思う。
夕張ではいくつかの鉱山会社が操業していたが、圧倒的に大きかったのは三井財閥系の北海道炭鉱汽船という会社だった。略して北炭という。
この会社の接待用施設として建てられたのがこの建物で、鹿ノ谷倶楽部といわれていた。鹿鳴館というのは客集めのためのネーミングのようだ。
老朽・閉鎖されてからの動きは、ウィキで見るとあまり幸せではなかったようで、「生きてなきゃよかった」的なところもある。
1913年に建設されてすでに100年余り、昭和天皇が1954年、今上天皇が58年に宿泊したころが絶頂で、石炭が斜陽化して50年、82年に会社が手放して夕張市に押し付けて35年、夕張が財政再建団体となりたてものを閉鎖して10年となる。
見学コースでほぼすべての施設が見学可能だが、第一別館は未開放である。
かつての栄華を偲ぶには相当の想像力が必要で、むしろ一重のガラス窓とか、建付けの緩みは「大金持ちでもこんな暮らしだったんだ」と、同情を感じてしまう。
天皇の宿泊室は「えっ、こんなところに泊めたの」と言いたくなる。
おそらくその頃ははるかに豪勢だったのが、落ちぶれて老いさらばえて、醜態をさらす羽目になっているのだろう。
建物保存の三原則というものがる。
きれいだ、使える、価値があるというものだ。
夕張鹿鳴館の場合、この三原則のどれをとっても疑問符がつく。調度品も正直のところウソっぽい。
関係者には申し訳ないが、いっそ取り壊して公園にするか、あるいはただの更地にしてしまったほうが後腐れなくて良さそうだ。もし保存するのなら、ここだけ一点主義で守る決意を固めなければならない。
率直に言って廃墟観光の客は金など落としませんよ。

建物保存の三原則 “きれいだ、使える、価値がある
これをウェブで探してもヒットしません。オリジナルは下記の一文です。
ラテンアメリカの政治という私のホームページのなかの「更新記録」という不定期日記の中の一文です。これが私のブログの前身になります。
2007.11.15
 教育テレビのN響アワーを見ていたら、芸大の奏楽堂保存運動の話をしていました。運動を率いた教授が「保存運動の三原則」という理論を展開していました。①使えること、②清潔なこと、③価値があること、というのです。運動から導き出された教訓だけに、とてもリアルで面白く、ためになる話です。話のミソは、老朽化した建造物が一般的・抽象的に価値がある、というその前に、クリアしなければならない条件が二つあるということです。「使えること」というのはきわめて即物的で分かりやすいのですが、「清潔なこと」という言葉には多くのニュアンスが含まれています。