「医者のくせに」と言われると困るのだが、いまだに「自閉症」という病気がよくわからない。
一応基礎知識として調べておく。

ウィキペディアより「自閉症」
自閉症(Autism)はDSM-IVでは広汎性発達障害(PDD)の一種の自閉性障害(Autistic Disorder)として記載されていた。DSM-Vでは自閉症という障害名は廃止され、自閉スペクトラム症に一括されたが、WHOではまだ使っている。
自閉症の基本的特徴は、3歳位までに表れる。
1.対人反応の障害
2.意思伝達の障害 
3.興味範囲の限局
自閉症は1000人あたり約1〜2人に出現。男女比は5:1。
正常者との間に段階的移行があり自閉症スペクトラムと呼ばれる。
日本での発症率はきわめて高い。
分類は覚えないほうがいい。始終変わるし、非本質的である。疾患概念を広げる方向での分類法は、より恣意的傾向を強める可能性があると思う。

疫学的特徴
父親が40歳以上の場合、30歳未満の約6倍で〜39歳の1.5倍以上であった。母親の年齢は関係なし。(Arch Gen Psychiatry. 63 (9): 1026-1032)
妊娠中にデパケン、SSRIを使用するとリスクが増大する。
虐待や過保護、「テレビの見せすぎ」が原因との認識は明確に否定されている。水銀などの重金属の蓄積が原因だとする説も否定されている。MMRワクチンが自閉症の原因とする論文は捏造であると発覚した。
自閉症スペクトラム指数テストの10の質問で6項目該当すれば「疑い診断」となる。膨大な鑑別疾患があり、こちらのほうがはるかに難しい。「ゴミ箱病名」の典型である。

病気の本態
目下のところ私の独断ではあるが、「自閉症」という範疇にふくまれる諸疾患は、脳の器質的病変にもとづく発達障害であろう。その原因は出生時あるいは生下後の微細脳損傷にもとづくものではないだろうか。つまりそれは非遺伝性で、したがって遺伝的素因が強く関与する統合失調とは別の病気であると思う。我々内科医が遭遇する脳血管障害にもとづく高次脳機能障害と同じ機序が働いているように思える。自閉症にスペクトラムがあるのではなく、脳障害の表現型にスペクトラムがあるのだ。
私にはどうも脳疾患の気がしてならない。聴覚制失語の一亜型みたいだ。部位的には側頭葉の聴覚性言語と頭頂葉の時間感覚の統合野辺りの皮質下だろう。
微細脳損傷や脳発育過程の障害、あるいは遺伝子損傷など要するに器質的疾患の可能性が拭えない印象だが、どうなのだろうか。

なぜ自閉症と呼ばなくてはならないのか
この病名の不幸な生い立ちのことも考えると、また統合失調との密かな混同も考えると、アメリカ精神医学会が「この病名は捨てたほうがいい」と考えていることに同感する。
日本語で「自閉症」といえば、世間的には「引きこもり」のように聞こえる。しかしこれはまったく違う病気である。混同を我慢してまで、あえて使う用語とも思えない。
にもかかわらず、これだけ広範に国内外に流布しているのは、この病名をつけられた母親の必死の思いが反映しているからだ。そして需要のあるところ「科学」が生まれ、それで食っていく輩がいるからだ。私はソシュール言語学やフロイトの精神分析学で同じようなメカニズムを観察した経験がある。

そんな「自閉症」の生い立ちを、例によって年表方式で見ていくことにする。


1943年 アメリカの児童精神科医レオ・カナー(Leo Kanner)が早期幼児自閉症」として報告。統合失調が幼児期に発症したものと考えた。「自閉」という言葉は、もともと統合失調の一症状を表す用語である。

1943年 レオ・カナー、自閉症児の母親に温かさや愛情が欠けていると発言。

1949年 レオ・カナー、自閉症が「生来的な母親の愛情の欠如」に関係している可能性があると示唆。

1944年 オーストリアの小児科医ハンス・アスペルガー、現在の高機能自閉症に当たる症例を報告。
この論文は79年に発掘されるまでずっと埋もれていた。

1950年代 ブルーノ・ベッテルハイム、自閉症は母親の愛情不足によるものだと非難。「冷蔵庫マザー」理論と呼ばれる。
ベッテルハイムはユダヤ人収容所にいたあと、アメリカに亡命。小児心理学の専門家という経歴詐称でシカゴ大学の精神分析の教授に上り詰めた。後年セクハラをきっかけに経歴がばれ自殺。
1960年 レオ・カナー、『タイム』のインタビューで、自閉症児の親たちは「たまたま子供を産むのに十分な温かみがあっただけ」と中傷。

1962年 ローナ・ウィングら、英国自閉症協会を設立。娘が自閉症だった。

1964年 バーナード・リムランド(Rimland)が『小児自閉症-行動神経理論に対するその症候群と暗示』を発表。「冷蔵庫マザー」の仮説を批判。リムランドは自閉症の息子を持つ心理学者であった。

1965年 リムランド、アメリカ自閉症協会を設立。

1967年 ベッテルハイムは『うつろな砦-小児自閉症と自己の起源』を発表。自閉症児と強制収容所に入れられた囚人を比較し、「子供には過去に人格を十分に発達する機会がまったくなかった」という結論を引き出す。

1967年 リムランド、自閉症研究学会を創設し、会長に就任。
リムランドの家系調査はかなりの逆偏見に満ちている。①第一子が多い ②男児が多い ③ユダヤ人の子どもに出現率が高い ④両親は専門的管理的職業が多い ⑤家族には精神疾患の発生率が非常に低い ⑥傑出した親戚が多い ⑦外見が魅惑的である
1968年 イギリスの児童精神科医マイケル・ラターが事変症の主体を言語認知障害と主張。自閉症理論の主役となる。

1969年 「アメリカ自閉症協会」の最初の年次大会。来賓として出席したカナーは、「私は自閉症が『先天的なもの』だと言ってきたが、『全ては親のせいだ』と引用されてしまった」と弁解し、事実上「冷蔵庫マザー」を否定。

1979年 ローナ・ウィング、自閉症の人が持つ特徴として「ウィングの3つ組」を提唱。(社会性、交流、想像力)

1981年 アスペルガーの論文がローナ・ウィングの手で英訳・再発表される。高機能自閉症の存在が周知される。(アスペルガーは80年に死去)

1986 社会学者の上野千鶴子、「マザコン少年の末路 : 女と男の未来」を発表。母子密着の病理として自閉症を取り上げ、批判を浴びる。

1988年 映画「レインマン」が制作される。リムランド親子はアドバイザーとなる。(ただし彼が次々と振りまいた網様体病変説や水銀・重金属・ワクチン原因説は証明されていない)


とにかく「自閉症論」の世界は、非学問的な非平和的な党派的な戦士で満ちているのである。