陸軍秋丸機関による経済研究の結論」 牧野邦昭(摂南大学)

1.秋丸機関の結成
太平洋戦争前、「陸軍秋丸機関」と呼ばれた組織が存在した。正式名称は「陸軍省戦争経済研究班」である。

陸軍省軍務局軍事課長の岩畔豪雄大佐を中心に組織された。

ノモンハン事件での敗戦をきっかけに、英米との戦争の経済的分析と研究を進めることを目的とした。

運営にあたったのは秋丸次朗主計中佐である。東京帝国大学経済学部に聴講生として派遣された陸軍主計官が主体となった。

秋丸中佐はブレーンとして経済学者を集め、「仮想敵国の経済戦力を詳細に分析・総合すると共に、わが方の経済的持久度を見極め」ることを目標とした。

学者グループの中心となったのは有沢広巳で、他に武村忠雄、中山伊知郎、宮川実などが集められた。

有沢や中山らにとって秋丸機関での研究は戦後に大きく役に立つものとなった。


2.秋丸機関の活動 

1940 年冬、参謀本部は 1941 年春季の対英米開戦を想定した物的国力の検討を要求した。

1941年1月、陸軍省整備局戦備課は秋丸機関の研究をもとに、

「短期戦でかつ対ソ戦を回避し得れば、対南方武力行使は可能である。しかしその後の国力は弾発力を欠き、大なる危険を伴う」と回答する。

6月6日には秋丸機関や三菱経済研究所の研究をもとに「対南方施策要綱」を策定。「綜合国防力ヲ拡充」することを目的とする。

7月に入って陸軍首脳への説明会が逐次開かれた。報告書は『英米合作経済抗戦力調査』と題されている。
『其一』、『其二』に分かれ、前者はマクロ経済分析、後者は対外関係、地理的条件、人口、各種資源、交通力や輸入力、経済構造と戦争準備、生活資料自給力、軍事費負担力、消費規正与件などの各論となっている。


3.秋丸機関の出した結論 

①アメリカの生産能力

米国の石油供給は英国の不足を補つて尚ほ余りある。
軍事物資全体で見ても、一年後にはイギリスの供給を賄い、さらに第三国向けに80億ドルの供給余力を獲得する。

②イギリスの戦闘力
イギリスは海上輸送力が致命的弱点となり「抗戦力ハ急激ニ低下スヘキコト必定」とされる。
またアメリカを速かに対独戦へ追い込み、経済力を消耗させるのも有効である。

③ドイツの戦闘力
この部分は非常に面白いので、後ほど改めて紹介する。

4.秋丸機関の歴史的性格
秋丸機関の結論は国策に沿ったものであり、進歩的性格はまったくない。
秋丸機関の研究は目的合理性を徹底的に追求するものであったが、戦争という目的そのものを疑う存在ではなかった。

5.ドイツの戦闘力

判決一

独逸の経済抗戦力は四二年より次第に低下する。
ナチス政権誕生時には多くの失業者と豊富な在庫品が存在し、企業の操業率は低かったが、…遊休生産力を活用したことで生産力は急速に拡充し、完全雇用に達し生産
力は増強されなくなった。
現在は過去の生産による軍需品ストックに頼っているが、来年からは枯渇し、経済抗戦力は低下せざるを得ない。

判決二

独逸は今後対英米長期戦に耐え得る為にはソ連の生産力を利用することが絶対に必要である。
従つて独軍部が予定する如く、対ソ戦が二ヶ月間位の短期
戦で終了し、直ちにソ連の生産力利用が可能となることが求められる。
もしそれが叶わずに長期戦となり、その利用が短期間になし得ざるならば、今次大戦の運命もおのずから決定される。
対ソ戦は徒に独逸の経済抗戦力消耗を来たし、来年度以後低下せんとする抗戦力は、一層加速度的に低下する。
その結果、、対英米長期戦遂行が全く不可能となり、世界新秩序建設の希望は失はれる。

「判決三

もしソ連生産力の利用に成功したとしても、未だそれだけでは自給態勢が完成するものではない。
南阿への進出と東亜貿易の再開、維持を必要とす。