で“さあを”が気になって調べた。
けっこういっとき流行った言葉らしい。

“さあを”だが、万葉集以来いいくつかの用例があるようだ。
ネットで調べたところでは次のように記載されている。

デジタル大辞泉
さお〔さを〕【さ▽青】
[名・形動]《「さあお(さ青)」の音変化。「さ」は接頭語》青。まっさお。
「人魂 (ひとだま) の―なる君がただひとり逢へりし雨夜 (あまよ) のはひさし思ほゆ」
〈万葉集・三八八九〉

大辞林 第三版
さお【さ青】
〔「さあを」の略。「さ」は接頭語〕
あお。 「色は雪はづかしく白うて、-に額つき」(源氏 末摘花)

さ青の使われ方」 という用例集があって、大正から昭和の初期にいろんな作家が使ったみたいだ。
だいたいこの手の言葉は、しばらく使われると手垢がついてきて賞味期限が切れることが多い。

梶井基次郎「桜の樹の下には」より 
。 この溪間ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯《うぐいす》や四十雀《しじゅうから》も、白い日光をさ青に煙らせている木の若芽も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には惨劇が必要なんだ。....
薄田泣菫「泣菫詩抄」より 
》きゆららに、 今宵し六日のかたわれ月、 (さはあえかなる病女《びやうによ》の 夕眺めするなよびや、)さ青のまなじり伏目がちに。 吾世すがれの悲み、―― 吐息もするやと惑はしむる。 あなせつなさの今宵や、....
梶井基次郎「桜の樹の下には」より 
た。 この渓間ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯《うぐひす》や四十雀《しじふから》も、白い日光をさ青に煙らせてゐる木の若芽も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には惨劇が必要なんだ。....
太宰治「雀こ」より 
になればし、雪こ溶け、ふろいふろい雪の原のあちこちゆ、ふろ野の黄はだの色の芝生こさ青い新芽の萌えいで来るはで、おらの国のわらわ、黄はだの色の古し芝生こさ火をつけ....
原口統三「初期詩篇」より
眠る あふれる香髪《においがみ》のみだれ巻いて溺れるあたり とおく水平線の波間にさ青の太陽は溶けこむ。 そうして はるばると潮の流れる耳もとちかく かれは一つの....

と、いかにも風の作家が並ぶ。ただこれらの用例は機械検索で捉まったものらしく、大宰の「さ青」は少々怪しい。