米朝関係の新展開について 覚書
(北海道AALA機関紙への投稿原稿)

あまりにも情報量が多く、とうていまとめきれないが、とりあえず押さえておくべき点を列挙しておきます。

1.米朝会談に至る経過とその評価
タイムテーブル(トランプ就任後の米朝関係)を見てもらえばわかるように、今回の展開はまさに一瀉千里でした。
3月05日に二人の韓国政府特使が北朝鮮を訪問。首脳会談を4月末に開催することで合意しました。
これだけでも大ニュースですが、金正恩は直接、特使と面談し、非核化の意欲を示しました。
二人の特使は帰国後、旅装も解かずにそのままワシントンに向かいました。特使の報告を受けたトランプは、間髪をいれず「5月までに米朝首脳会談を行う」意向を示したのです。
まさか、まさかの展開です。
当初はみな半信半疑でした。
安倍首相に至っては、「ほほ笑み外交に目を奪われ、ぶれてはならない」と、対話を拒否する姿勢を強調します。これはいかに安倍政権がつんぼ桟敷に置かれていたかを鮮やかに示しています。
とくに右翼系メディアを中心に、「こんなやり方は通用しないだろう」とか、「北朝鮮の時間稼ぎに過ぎない」とか否定的な評価が圧倒的でした。
しかし、金正恩が北京を訪れ超国賓級の扱いを受けたあたりから、「これはただごとではないぞ」との見方が広がり、4月に入ってポンペイオCIA長官の極秘訪問が明らかにされると、上を下への大騒ぎとなりました。
日本共産党の動きは電光石火でした。3月8日のトランプ発言の翌日には「米朝首脳会談への動きを歓迎する」との志位談話が発表され、間もなく「各国政府への要請」が発表されます。ここでの最大の主張は「南北首脳会談、米朝首脳会談が持つ世界史的意義について関係国が認識をともにする」ということでした。この政治感覚はすごいと思います(なにか独自の情報源があったのか?)

2.本気の交渉と考える理由
今回の交渉が本気だと考えられるのは、以下の理由があるからです。
①トップとトップの差しの会談であり、合意を破ることはありえない。双方にとって「交渉決裂」だけは絶対に許せない。
②金正恩が特使に直接会い、自らの口で提示したオプションである。「ほほ笑み外交」などというレベルではない。
③会談に至る経過は通常の外交チャンネルではない。駆け引きなしの一発勝負である。中国との対話開始時のキッシンジャー外交に比肩するものであろう。
これについては少し詳しく見ておきましょう。
平昌五輪に金永南が来た時、すでに時刻表はできていたでしょう。予定表を作成したのはポンペイオCIA長官です。
彼は北朝鮮の情勢が猶予ならないものだと認識していました。1月には「北が米国本土に到達する核ミサイルを完成させるまでにあと数ヵ月しかない。それが最大の脅威だ」と語っています。彼の差し迫った問題意識は核ではなくICBMなのです。
彼はこの問題でトランプの一任を取り付けました。国務省には一切関与させずにCIA-韓国国家情報院-北朝鮮の「偵察総局」のチャンネルで進行させました。二人の韓国特使の肩書は国家安保室長と国家情報院長でした。
トランプが米朝首脳会談を打ち出した5日後、ティラーソン国務長官が解任され後任にポンペオが就任します。
以上が、もはや後戻りのできない「本気の交渉」と考える根拠です。
会議の予定がずれ込むことはありうるでしょう。国務省が入らないのでは流石に話は進まないと思います。ただし根っこが座れば枝葉は後でも良いのです。ニクソンが中国に飛んで毛沢東と歴史的な会談を実現しましたが、実は米中の国交回復はそれから5年もあとのことだったのです。だいじなのは実務ではなく政治決着なのです。(今回の動きはキッシンジャーが指南したという噂もある)

3.北朝鮮の非核化へのロードマップ
志位さんの要請文には段階的としか書いてないのですが、まぁ文章の性格からすればそれで良いのですが、勉強するにはもう少し具体的な行程を理解しておく必要があるでしょう。
真面目に書けば長くなるので、ここは駆け足で書いていきます。
①まずICBMの破棄が確約されるだろう。
②非核化については「包括的に合意」されるだろう。
この2点については、押さえておくべきでしょう。つまりポンペイオの線で合意が成立しても、個別日本の危険はまったく軽減されないということです。
③そのために6カ国協議が再開されるだろう
6カ国協議は必須ではなく、できるところから始めることになります。しかしそれは最良の枠組みであり、“一番安定して進む仕掛け”でしょう。
④非核化に対して何らかの見返りオプションが用意されるだろう
⑤核放棄と見返りの「行動」は数年をかけて段階的に行う。
⑥IAEA(国際原子力機関)の査察はその後になるだろう。
94年の合意時には、IAEAが暴走してぶち壊した経過がありました。IAEAの性急な導入は避けるべきでしょう。
段階的なステップと確認
それまでは「6カ国会議」を再開して段階的なステップを踏み、確認しながら進めることになるでしょう。
北朝鮮が持続可能な国となること
究極の目標は北朝鮮が持続可能な体制を実現することで、東アジアに残された最後の不安定要因から外れることが必要です。
というような流れになるでしょう。
肝心なことは、北朝鮮が「傷だらけの野良犬」であることに思いを致すべきということです。そして、死んでもらっては困る我が隣人であるということです。

4.平和で安定した朝鮮半島を実現するための諸課題
上記に書いたのは非核化に限定したロードマップであり、これを安定したものとするためには実に多くの課題が解決を迫られています。
とりあえず、「平和の枠組み」課題を列挙しておきます。
①米朝関係の改善(制裁解除、外交・通商関係改善など)
②朝鮮戦争の休戦協定から平和協定(米朝および南北)へ
③北朝鮮の核の廃棄・ミサイルの廃棄と確証
④朝鮮半島非核化
実際には、北が核放棄すれば半ば自動的に朝鮮半島の非核化になります。ただしアメリカの核持ち込みはいつでも可能になっており、そこに北朝鮮の不安が集中しています。アメリカの「持ち込まず宣言」、韓国の「持ち込ませず宣言」がもとめられます。このことは南北非核宣言、6ヶ国協議で確認されています。
⑤在韓米軍・米韓相互防衛条約の見直し。
将来的には駐韓米軍の撤退ももとめられますが、北朝鮮は当面、撤退には固執していません。敵国でなければ原則不要ですが…
⑥南北和平の推進→平和的統一の道筋
⑦北朝鮮経済の立て直し
これについては5.で詳しく触れます。
⑧日朝国交回復と「賠償」
平和実現後の北朝鮮にとって「賠償」は最大の「援助」となります。

5.北朝鮮の経済建設
上記課題の⑦に相当しますが、きわめて困難な課題であり、特別な言及が必要なものです。
また、これをもって「東亜新秩序」が完成するという、戦後社会のゴール的性格をもつ課題でもあります。
大まかに言って3つのオプションが考えられます。
①韓国への吸収合併(ドイツ型)
②改革・開放路線(中国・ベトナム型)
③現体制を周辺国が下支えしながら、発展を促す(カンボジア型)
①はベルリンの壁崩壊のように国家の崩壊が前提です。また、西ドイツが東ドイツを支えたように韓国が北朝鮮を支えられる保障はありません
②はそもそもうまくいく見通しがありません。もしうまく行ったとしても金正恩体制の崩壊のリスクが避けて通れません。金正恩体制が崩れても良いが、それに伴う混乱は歓迎できません
③は「無害な緩衝国家」としての消極的対応になるが、最もリスクは低いと思います。将来の民主化を想定して周辺国が共通のロードマップを持つ必要があるでしょう。

6.日本の立場について
言っておきたいのですが、この問題は一番最後に考えることです。日朝問題を、核・ミサイルが焦点である北朝鮮問題に混同させるのが間違いのもとです。北朝鮮問題とも米朝関係とも直接の関わりはない世界史的には付随的な問題です。
「ほほ笑み外交に目を奪われ、ぶれてはならない。対話のための対話は意味がない」という安倍首相の当初の立場は間違いでした。
圧力と対話が基本だったにも拘らず、圧力一本槍になってしまったために対話のための戦略が不在となり、このために新状況に対応できなくなってしまいました。
ただしその後の立ち位置はかなり修正されています。日米首脳会談後の発言ではこう述べています。
核・ミサイル、拉致、過去の清算など、諸懸案を包括的に解決して、国交正常化を目指す。
平壌宣言から15年、ようやくスタート台に戻ったというべきでしょう。
日本が覚悟すべき点は、
①日本がつんぼ桟敷に置かれていたという事実を噛みしめるべきことです。
②米朝合意が成立しても、当面する個別日本の核・ミサイルの危険はまったく軽減されないということです。
③拉致問題はトランプにとってはただのリップサービスであり、日本が独自の努力で解決するしかないものです。
結果的に16年間拉致被害者・家族を放置してきた(利用はしたが)安倍晋三個人の責任も問われてくるでしょう。