あまりに天気が良いので、嫁さんを放り出してドライブに出かけた。
一応目標を留萌に据えた。去年の今頃はポイヤウンベを求めて浜益まででかけたのだが、今回はさらに足を伸ばそうというのである。
一度おぼえた道を走るのはとても楽で、浜益まではなんの疲れも感じることなく進んだ。ただ予想外れは去年立ち寄った浜辺の喫茶店が、今年は臨時休業だったことである。臨時休業という貼札が来年にはそのままに風に吹かれているのが、このあたりの風物詩であるから気がかりだ。
とにかくここまではまったくなんの支障もなく来たので、そのまま進む。
浜益の次が群別でその次が幌、ここからふたたび難所に差し掛かるが、意外になんということなく通り過ぎて、雄冬を過ぎて増毛まで入ってしまった。
「この辺が岩尾温泉だったかな」と思いつつ通り過ぎてしまった。まだ冬季休業中だったのだろう。増毛も街には入らずそのままバイパスしてしまった。
そうして視界の正面、小高い丘の上に留萌の街の建物群が視野を占める。伏古の我が家からここまで2時間弱。年を追うごとに快適になる。もはや通勤圏内と言ってもいいくらいだ。

留萌の建物群は砂丘の上に突然、無防備に、まるで蜃気楼のように現れる。蜃気楼だと思ったら本当なんだ。日本中の街でこんな感じを味わったことなどない。(霧多布も同じように出現するが、だいぶ規模が小さい)
留萌の街は出現の仕方も蜃気楼のようだが、街全体がほとんどウソのような街だ。ここにこんな街がなくてもなんの問題もない。もっというと、こんなところにこんなふうにあってはいけない街なのだ。
北海道というのは悲しい島で、いたるところに昭和遺跡という名の廃墟が建ち並んでいる。
長崎の沖合に「軍艦島」という炭坑跡があって見事なゴーストタウンになっているが、北海道という島はそのすべてが「軍艦島」なのだ。
北海道に住んでいると、そして夕張とか美唄とか留萌とか行くと、もう日本は限界集落を越えつつあると思う。東京だけが生き残るのだろう。かつては東海道ベルト地帯は生き延びると言われたが、今や静岡もしっかり穴凹地帯になっている。
酒が回ってきて話があちこち飛び始めた。
留萌観光は一泊すべきだろう。稚内と同じくらい奥行きがある。歴史を学びながら見ていかないと本当の良さは分からない。
今回は留萌駅の無料駐車場に車をおいて歩くことにした。出発点がわからないとさっぱりわからなくなる。ここからまず港へ歩く。この港はたいそう立派なのだが、今日に至ってはなぜこんなに立派なのかがわからない。無駄に立派なのである。
駅と港とは相当の距離がある。歩く距離ではない。港をさらに岬の方に向かうと市役所がある。港から背後の坂に登っていく途中が商店街で坂を登ったところに走っているのが札幌からの国道である。
人口4万の街がこれだけ複雑だとそれなりなに都会の趣きがある。しかし人口2万を切った街でこれだけの構造はただひたすらに無駄に煩雑だ。
函館の十字街、室蘭の中央通り、小樽の都通り、札幌の屯田通り、釧路の北大通…ゴーストタウンはどこでもそうだ。
とにかく、一日も早く、一日でも多くこれらの街を歩くべきなのだろう。駐車禁止を気にせずにいたるところに車を止めて歩くべきなのだろう。警察も一日も早く一方通行とか駐車禁止とか右折禁止とか止めるべきだろうと思う。それが街の衰退に拍車をかけているのだから。