1997年

97年1月

1.01 『労働新聞』(党機関紙),『朝鮮人民軍』(軍機関紙),『青年前衛』(青年組織機関紙)の3紙共同社説.「苦難の行軍」をしている旨を認める.

1月 北朝鮮政府,台湾の原子力発電所の核廃棄物の貯蔵を引きうけることとなったと発表.

97年2月 黄長燁の亡命

2.03 政府の水害対策委員会,「96年度の穀物生産量は250万トンにすぎず,年間穀物必要量784万トンを大幅に下回った」ことを明らかにする.

北朝鮮における1人1日あたり配給量の変化
 1995年水害以前   1995年末(水害後)   1996年半ば   1997年はじめ
        600g            458g    250~300g   100~150g(350~525kcal)

2.05 北朝鮮,ニューヨークでの四者会談に関する説明会への出席に応ずる見かえりとして,食糧支援の追加を要求.

2.12 北朝鮮の最高幹部の一人で,「主体思想」の提唱者といわれる黄長燁労働党国際担当書記が,北京の韓国大使館に亡命.「主体思想は自分が立案したものとは大きくかけ離れてしまった」と述べる.中国政府は北朝鮮政府の同意を得て,黄をフィリッピンに移送.

2.19 中国の鄧小平が死亡.

2.21 北朝鮮、韓国の「チュンアン」日報に対し何らかの「報復」をほのめかす。「チュンアン」日報は、「金日成は金正日との激しい口論の末発作を起こし死亡した」と報道する。

2月 ソウルで李ハンヨンが二人の殺し屋により射殺される。黄長燁亡命に対する報復と見られる。李は金正日の元妻ソン・ヒェリンの甥で、92年に韓国に亡命していた。

2月 羅津・先鋒で香港のエンペラー・グループが投資するカジノ付きホテル「エンペラー・ホテル」の建設着工。

3月 亡命工作員のアン・ミョンチン、横田めぐみさん(当時13歳)が新潟市で誘拐され、北朝鮮の学校でスパイ・トレーニングのために働いていると証言。

97年4月 軍部の抵抗

4.15 故金日成の誕生日を国民祝日「太陽節」に決定.この年をチュチェ元年とする.

4月 ハンギョレ新聞,北朝鮮の飢饉に対する人道支援のキャンペーンを開始.

4月末 北朝鮮の咸鏡北道穏城郡で大規模な森林火災が発生し豆満江周辺は火の海となる。また火の粉が中国側にも燃え移り大規模な火災が発生した。

4月末 北からの脱北者が増加。翌年まで続く。

5.15 北朝鮮の韓成烈国連大使,「軍部は四者会談を武装解除のための罠ではないかと考えている.軍部に了解させるためには,無条件の食糧支援が必要だ」と語る.

5月 日本政府,行方不明事件のうち「7件10人」を,北朝鮮に拉致されたものと認定.共産党を排除した「北朝鮮拉致日本人救援議員連盟」が結成される.

97年6月

6.11 ニューヨークで二回目の米朝会談.アメリカ側はノドンの発射実験の中止とスカッド・ミサイルの販売停止を求めるが,ものわかれに終わる.

6.21 金正日,論文「革命と建設において主体性および民族性を固守することについて」を発表.現在の困難について「決して帝国主義者の対処法などを期待してはならない.彼らの援助は,一つを与えては10や100を盗っていくための略奪および隷属の罠である」と指摘.

6.24 韓国の「朝鮮日報」紙、「新しい改革を指向する[北朝鮮の]グループに賛成して権力を放棄するよう」、金正日にもとめる。金正日はこの社説を「我々に対する最も刺激的な宣戦布告」と非難。「朝鮮日報が消滅するその日まで、報復する権利を留保する」と脅迫。

6月 「労働新聞」、「民主勢力の独立、民主主義、再統一のための愛国的反ファシズム闘争にとって、金泳三政権を打倒することが緊急の任務となっている」と述べる。

6月 西海岸で北朝鮮の巡視艇三隻が境界線を越えて侵入。韓国巡視艇と銃撃戦を展開。

97年7月 「喪明け」

7.08 金日成逝去三周忌大会.金正日は「喪明け」を表明.金日成誕生の1912年を元年とする「主体年号」を制定.さらに金日成の誕生日(4月15日)を「太陽説」と命名し国家記念日とする.

7.21 朝鮮中央放送,金正日の文明子(親北派の在米韓国人ジャーナリスト)に送った書簡を発表.この中で食糧危機と経済的苦境を認める.

7月 北朝鮮で米軍兵士の遺骨発掘のための共同調査が始まる.4か月にわたり3回の調査が行われ,アメリカは7体を受領.

7月 北朝鮮兵士14人が軍事境界線を越えて約70メートル侵入。23分にわたり韓国軍との間に銃撃戦。

97年8月 原発の建設開始

8.04 金正日書記論文が発表される.「米国を百年の宿敵とは見ていない」と述べる.また対日関係については,「過去を心から反省し,敵視政策を捨て,朝鮮の統一を妨害しなければ,日本と友好的に対処し朝・日関係を改善できる」と指摘.

8.05 ニューヨークで米中・南北朝鮮が第一次予備会談.

8.06 アメリカ,ミサイル増産活動に抗議し,さらに制裁を強化.

8.19 東海岸咸鏡北道の新浦(咸鏡南道の琴湖?)で,韓国電力公社が軽水炉型原発の建設を開始.KEDOのステファン・ボスワース事務局長,「軽水炉の着工は,関係改善の新たなスタート」と声明.ボスワースはその後駐韓米大使となる.

夏 恵山で大規模な列車事故が発生。止めてあった客車のブレーキが外れひとりでに走り出した。徐々に加速度がつき10の駅を通りすぎ100キロ以上も走り抜け、恵山駅には2両が突入、大きな爆発音とともに駅は廃墟と化した。客車内にいた老人や子供、女性は全員死亡。(5年後に「朝鮮日報」が報道するまで明らかにされなかったということがもっと恐ろしい)

97年9月

9.30 軽水炉建設現場で,金正日の写真入「労働新聞」が破り捨てられていたのが発見.北朝鮮はこれに抗議し労動者30人を引き揚げる.KEDO側の謝罪で1週間後に工事再開.

9月 日朝赤十字連絡協議会,日本人配偶者の里帰りで合意.

9月 労働党農業部門の最高責任者である徐寛熙書記が,黄長燁との関係を問われ,平壌市内で公開処刑される.金日成社会主義青年同盟幹部3人も,ともに処刑される.アムネスティーは「北朝鮮は70年以降,少なくとも23人を公開処刑している」と告発.

10.08 金正日,党中央委員会および党中央軍事委員会の推戴により労働党総書記に就任.

97年11月

11.21 クリントン大統領,対北朝鮮政策を「関与政策」に転換すると発表.

11.23 韓国当局、6人からなる「北朝鮮スパイ団」を摘発したと発表。その筆頭としてソウル大学名誉教授コ・ヨンポクが逮捕される。コ・ヨンポクは73年以来北のスパイとして活動。国内では「社会学の創設者」として認められ、「保守的な」立場から韓国政府の顧問を務めてきた。

11月 北朝鮮、韓国国営放送KBSテレビが放映したシリーズ「北朝鮮社会における抑圧と腐敗」に対して激怒。KBSを「ファシズム独裁者の口金」と非難、「破壊」の可能性を示唆。

11月 自社さ3党訪朝団(森喜朗団長)が平壌訪問.北朝鮮側は拉致事件を「行方不明者として調査」することを約束.

97年12月 「崩壊の危機」を自認

12.09 米中と南北朝鮮との「四者会談」第1回会談が開始される.

12.12 ドイツのテレビ放送,「閉ざされた未知の国,北朝鮮」を放映.インタビューを受けた金永南常任委員長が「北朝鮮は崩壊の危機に置かれている」と認める.

12.19 韓国大統領選挙で,金大中が当選.

12.30 労動新聞,「内外的な試練にもかかわらず社会主義を守り通した」と,97年を締めくくる評価.

12月 赤十字協議会.日本側が安否調査リスト(7件10人+有本さん)を手交.

 

1998年

1.28 金大中が韓国大統領に就任.対北「太陽政策」を推進.

2.25 金大中大統領,①北の武力挑発には断固対処,②北を攻撃せず,吸収計画を持たない,③可能な分野から南北和解・協力推進の「対北三原則」(いわゆる太陽政策)を掲げる.

2月 国連人道局,救援食糧が転用されているとして抗議.北朝鮮側は文書で謝罪.

3.03 金大中政権,初代統一部長官にタカ派の康仁徳極東問題研究所長を任命.康仁徳は朴政権時代に中央情報部の北韓局長を勤めた人物.

3.16 ジュネーヴで第二次4カ国会談本会議が開かれる.北朝鮮から供与されたミサイルのコピーとされる。

4.06 パキスタンが射程1500キロの中距離弾道ミサイル「ガウリ」発射実験に成功。北朝鮮は、「イラン・エジプト・シリア・リビアなどに、合計一千発以上のミサイルを輸出した」とされる。

4.17 アメリカ,北朝鮮がパキスタンにミサイル技術を移転したとして,経済制裁を強化.

この年,北朝鮮とパキスタンは,ミサイル製品とウラン濃縮技術の交換に関する秘密合意を締結.北朝鮮は1000台の遠心分離器を入手.原爆を毎年1個から2個のペースで製造できる能力を獲得したとされる.

98年5月 300万人が餓死? 住民は家で静かに死を待っている?

5.10 北への支援を続ける「韓民族相互助け合い仏教運動本部」の法輪執行委員長,飢饉で300万人が死んだという推計結果を発表.

5月 大阪朝銀が経営破たん.大阪朝銀の受け皿となった朝銀近畿に3100億円の公的資金が投入される.

98年6月 ミサイル輸出を認める

6.16 朝鮮中央通信,金融封鎖が解除されない限り,ミサイル技術の輸出を止めることはできないと報道.ミサイル輸出の事実を初めて認める.

6.16 鄭周永現代名誉会長,牛500頭を乗せたトラック50台を引き連れ,板門店から北朝鮮入り.

6.23 91年以来中断されていた在韓国連軍と北朝鮮軍の将官級会談が再開される.

6.22 北朝鮮の小さい潜水艦が、ソクチョ沖合いで魚網に引っかかる。3日後に引き揚げられたとき、9人の集団自殺した遺体が発見される。

6.24 北朝鮮、米国の軍事的脅威に対する抵抗の表示として、ミサイルをテストし配備し続けると通告。

6.27 北朝鮮、潜水艦事件で沈黙を破り南側を非難。潜水艦と遺体の即時返還を要求。金大中大統領は、潜水艦の侵入が休戦協定および92年の和解・交流・協力協定を侵害していると非難。北朝鮮に「責任を認め合理的措置をとる」よう要求。

6月 北朝鮮赤十字,「日本人行方不明者は存在しない」と通告.

98年7月

7.03 潜水艇侵入事件の北朝鮮兵士の遺体9柱が板門店を通じて送還される.

7.15 超党派のラムズフェルド調査団,長距離ミサイルが開発されない限り,北朝鮮やイランのごとき「ならず者国家」は直接の脅威とはならないと報告.ただし本格的に開発に着手すれば5年以内にミサイルを完成させる能力をもつ国もあると警告.

7.22 イラン、北朝鮮の技術供与を受け、中距離ミサイル「シェハブ3」の発射実験に成功。

7.26 8年ぶりに,第10期最高人民会議の選挙が実施される.

98年8月 テポドン打ち上げ

8.17 ニューヨーク・タイムス,「北朝鮮,核兵器の製造工場建設」と題し,金倉里(クムチャンニ)の地下施設について報道.原子炉および再処理施設の疑いがあるとする.「第二の核疑惑」が発生.ロバート・ガルーチ国務次官補は,「もし秘密核施設であれば,枠組み合意は崩壊する」と述べる.

8.31 北朝鮮,テポドン・ロケットを打ち上げ.日本を越え太平洋にまで到達.北朝鮮は多段式運搬ロケット「白頭山1号」による人工衛星「光明星1号」の打ち上げに成功したと発表.「ロシアと米国は実験成功を確認」したそうです。

テポドンは三段式のロケットで,射程1,500-2,000キロ.三段目に固体燃料を使用した技術が,アメリカ情報筋の脅威となる.(その後の正式発表では,射程1300キロのノドンを一段目,スカッドを二段目に利用した,二段式液体燃料方式の弾道ミサイルとされる)

8月 米情報筋、「北朝鮮に巨大に地下複合施設が発見された。これは凍結された核兵器開発計画を復活させる中核となるもの」と報告。北朝鮮は「民間人の経済施設である」と反論。

8月 中国の延辺科学技術大学総長金鎮慶,スパイの疑いで拘留され,国外追放となる.金鎮慶は羅津に科学技術大学を設立するため北朝鮮を訪問中であった。北朝鮮側の発表によれば、金鎮慶は粛清された金正宇対外経済協力推進委員長と関係があったとされる.延辺は旧満州(北朝鮮と国境を接する)地方で,元は間島と呼ばれ,朝鮮系住民が多く住む.金鎮慶も朝鮮系中国人.

8月 国境なき医師団は中朝国境地帯における難民聞き取り調査の結果をまとめ出版。北朝鮮の悲惨な飢餓の様子が書かれていた。

98年9月 趙明禄がナンバーツーに

9.01 オルブライト国務長官,「北朝鮮のミサイル発射はまことに深刻な事態」と声明.日本政府はミサイル発射に抗議し,枠組み合意に対する財政負担への署名を3ヶ月間凍結.国交正常化交渉を凍結し,食糧の人道支援も中断.

9.04 北朝鮮外交部,打ち上げたミサイルは「人工衛星」だとし,「我々が人工衛星保有国になるのは,当然なる自主権の行使だ」と声明.

9.04 額賀防衛庁長官,「北朝鮮のミサイル基地を予防攻撃することも法理的には可能」と突出発言.

9.05 北朝鮮で4年ぶりに最高人民会議(国会)第10期第一次会議開催.72年の社会主義憲法を改正,「金日成憲法」と改称.憲法前文は,金日成を「社会主義朝鮮の始祖・北朝鮮の永遠なる主席」とする.国家主席制度・中央人民委員会を廃止し,国防委員会委員長を国家最高のポストに格上げ.

9.05 新設の最高人民会議常任委員会委員長(形式的な国家元首)には金永南.新首相には洪成南が就任.金永南は,「国防委員長が一切の武力を指揮統率し,政治・経済全般を指導する国家最高の職位である」ことを明らかにしたうえで,金正日総書記を国防委員長に推挙.金正日の子守役を務めた趙明禄人民軍総政治局長が国防委員会第一副委員長に就任,事実上のナンバーツーの地位を占める.

9.07 労動新聞,「人工衛星“光明星1号”は社会主義の強盛大国を建設するための里程標として,北朝鮮の科学・技術者が金正日同志に捧げたものである」

9.09 韓国国防部,「北朝鮮が打ち上げたと主張している人工衛星は,宇宙軌道からは見つけられなかった」と発表.安企部は,「人工衛星をあげたようだが,宇宙軌道への進入には失敗したようだ」と述べる.

9.14 米国務省,「我々は,北朝鮮が非常に小さい衛星の打ち上げにチャレンジしたが,失敗したものと考えている」ことを明らかにする.2日後に韓国政府も同様の公式評価を確認.

9.30 国連開発計画(UNDP)の支援で羅津・先鋒企業学校が開設される.外国進出企業の業務を担当する幹部の育成が目的.金正日,「企業の管理は社会主義原則で,貿易は資本主義国を相手に」と発言.

98年10月

10.01 ニューヨークで第三回の米朝ミサイル協議.アメリカは経済制裁の解除と引き換えにミサイル開発計画の放棄を迫る.北朝鮮は,制裁解除は「枠組み合意」の内容であり,ミサイルと関係なく実施されるべきと主張.

10.03 平壌放送,太陽政策は「我々に統一政策やブルジョア多党制,市場経済などを受け入れさせ,資本主義に引き込もうとする妄想」と非難.

10.16 日本,アメリカからの強い圧力でKEDO関連予算の凍結を解除.

10.19 米議会,北朝鮮への重油供給予算を承認.この条件として,新たに第三者的アドバザーによる対北朝鮮政策見直しと核・ミサイル疑惑の早期解消を,政府に義務付ける.

10月 金正日,平壌を訪れた鄭周永現代グループ名誉会長と会談.南北経済協力に賛意を示す.鄭周永の金剛山観光プロジェクトについても賛同.

10月 北朝鮮労働党の対外連絡部工作員の「元鎮宇」,韓国に潜入.河永沃,沈載春などを抱き込み,民族民主革命党を再建.

98年11月 ハンギョレ新聞の北朝鮮批判

11.09 北朝鮮外務省,金倉里を口実とする米議会の重油供給遅退を非難.「金倉里が核施設でないと判明したときは補償せよ」と要求.

11.16 平壤で,金倉里問題に関する米朝高官協議.カートマン朝鮮半島平和担当特使,「金倉里の核疑惑には証拠がある」と表明.

11.12 クリントン大統領,ペリー前国防長官を北朝鮮政策調整官(Policy Cordinator)に任命.ペリーはただちに各省の北朝鮮政策見直しに着手.日本・韓国との政策すり合わせも進める.

11.18 現代グループによる韓国人の金剛山観光開始.鄭名誉会長も同行.

11月 ハンギョレ新聞,北朝鮮特集を連載.「人民の食糧問題も解決できず,体制を保つために自らの孤立をもたらした自主路線に固執しようとする北朝鮮政権の非道徳性に対し,怒りを覚える」と結ぶ.

11月 北朝鮮の青年、学生が平壤で集会。「ワシントンを火の海にし、ソウルと東京を破壊する」ことを誓う。

98年12月

12.04 ニューヨークで,金倉里の地下核施設疑惑をめぐり第二次米朝協議.北朝鮮は米国の査察要求を原則的に受け入れるが,「適当な補償」の内容で難航.

12.18 全南道の麗水海岸で北朝鮮の潜水艇が発見,撃沈される.捜査の結果,潜入したスパイ「元鎮宇」を帰国させる途中だったことが判明.

12月末 北朝鮮政府,02年までの経済再建計画を公表.既存の基幹産業とインフラを整備し,ついで消費部門の生産を活性化させ,食糧問題を解決するというもの.羅津・先鋒の自由経済貿易区域も再確認される.

 

1999年

99年1月

1.01 労動新聞の「年頭の辞」,この1年で「全党・全軍・全民が強盛大国建設の大きな飛躍を成し遂げた」と評価.「金正日同志はすなわちわが党であり,わが国,わが人民である」とし,すべての分野で金正日の思想を実現するよう呼びかける.

1.08 韓国政府,KEDO軽水炉建設費の調達に電気料金の3%賦課金を充当すると発表.

1.18 ジュネーヴで4者会談第五次本会議が開催される.会議の前後に,金倉里問題に関する第三次米朝高官協議.

1月 寧辺の核施設で、使用済み燃料棒の封印完了。

99年2月 まず事実報道を

2.02 テネットCIA長官,上院軍事委員会で証言.一定の改良が加えられればテポドン1号はアラスカとハワイまで射程に入れることが可能であり,伝えられるテポドン2号はアメリカ全土を射程に入れることになるだろうと述べる.ただし精度はまったく期待できないとする.

2.03 イギリスのタイムス紙,「北朝鮮の飢餓の状況はエチオピアやカンボジアとほぼ同じであり,住民は家で静かに死を待っている」と報道.これは自然災害ではなく「スターリン主義」による人災だと非難.

2.10 韓国の林東源外交安保首席秘書官,北朝鮮体制は失敗したが,早期崩壊はない.さまざまな変化が見られるが,南に対する革命戦略に固執している.これに対しては封鎖政策も不介入政策も適当ではなく,北朝鮮の漸進的・段階的変化を促す「包容政策」を選択する以外にない.

2.16 世銀のウォルフェンソン総裁,「北朝鮮高官を対象にした市場経済に関する教育を行っている」と明らかにする.

2.27 金倉里問題に関する第4次米朝協議.半月にわたるマラソン協議となる.北朝鮮は査察受け入れの見返りとして100万トンの穀物供与を要求.

2.27 アメリカきっての朝鮮通とされるキノネスが,太陽政策を「北朝鮮を変えるための最も合理的かつ現実的な政策であり,韓国の国際的地位と信用を高めた」と評価.同時に金泳三の政策を「北朝鮮の崩壊を前提としており,結局のところ中国軍部の北朝鮮支援を強化し,平壌の軍部をより強硬にしただけ」と批判.

2月 オルブライト国務長官,韓国を訪問.4カ国会談については否定的な見解を示す.

2月 雑誌「マル」,ハンギョレ新聞の北朝鮮批判に対し,「論評よりまず事実報道を優先すべきだ」と批判.

99年3月 ミサイル輸出停止の「見返り要求」

3月 欧米諸国の抗議を受け,外国人登録法改正,指紋押捺制度が全面的に廃止される.

3.16 第4次米朝会談が合意に達する.北朝鮮は金倉里への米専門家視察団の受け入れで同意,アメリカは「世界食糧計画」を通じて食糧50万トンを,さらにNGOを通じて食糧10万トンを援助.政治・経済関係は改善へ.

3.20 林凍源首席補佐官,「米朝合意により核疑惑が完全解消されたわけではない」と述べ,「北朝鮮が核開発をやらなくても自立してゆけるような環境作り」の必要性を強調する.

3.29 平壤で第4回ミサイル協議.北朝鮮はミサイル輸出停止の見返りとして年間10億ドルの補償金を要求.対話は“serious and intensive”なものとなるが,辛うじて議論を続行することのみで合意.

3月 韓国情報局、北朝鮮に拘留されている454人の韓国人の名前を明らかにする。また朝鮮戦争中の捕虜407人が、現在もなお獄中にあると発表。

3月 洪水被害対策委員会,「人口300万人減少は韓国情報機関のデッチアゲ」と反論.

3月 現代グループ,金剛山観光と北朝鮮事業を統括する企業として,「現代牙山」を設立.金潤奎を社長に任命.

3月 北朝鮮スパイ船が能登半島沖で発見される。スパイ船は日本のトロール船に偽装し、領海に侵入。海上保安部や空自の追跡を振り切り清津港に逃げ込む。

99年4月 在韓米軍を容認

4.01 林凍源外交・安保首席秘書官,「アメリカは統一以降も駐屯し,朝鮮半島の安定を担う必要がある.北朝鮮も在韓米軍の撤退を望んでいない」と述べる.

4.06 金大中大統領,「北朝鮮は,在韓米軍が平和軍であれば駐屯してもよいという立場を明らかにした」と述べる.

4.16 康仁徳統一部長官,「支援食料が軍用米に転化される危険を冒しても,なお支援するのが正しい.韓国の同胞が食料を支援していることは民衆の間でも知られている.北朝鮮の民衆が南に対する憎しみを減らせば,北朝鮮の戦闘力はそれだけ落ちる」と語る.

4.23 平壌放送,金正日の弾道ミサイル発射に関する発言を報道.「人工衛星の打ち上げには数億ドルを費やした.人民たちがろくに食べることも出来なくても,国や民族の尊厳を守り,強盛大国に備えるためのやむをえない選択だった」と述べる.韓国当局によれば,打ち上げ費用は北朝鮮全国民の食料費1年分に相当するという.

4.25 米日韓三国,対北朝鮮政策の調整で合意.三国強調・監視グループの結成で合意.

4月 最高人民会議第10期第二次会議が開かれる.「経済の分野におけるいかなる分権化も自由化も認めず,国の中央執権の指導原則を一貫して固守する」とする「人民経済計画法」を制定.

4月 韓国情報筋の報道によれば,95年以来の自然災害で,総人口2392万人(1995)のうち1割を越す250~300万人が餓死や病死,国外流出などにより減少.各国際団体もほぼ同様の推計.

99年5月 南北海軍艦艇の銃撃戦

5.20 アメリカの査察団,北朝鮮に入り金倉里(クムチャンリ)の地下核施設を視察.国務省によれば,枠組み合意に違反するような核開発の証拠は発見されず.ルービン国務省報道官,「金倉里は大規模なトンネルだ」と結論.

5.25 ペリー特使が平壤を訪問.クリントンの金正日あて書簡を手交.経済制裁の解除,国交正常化,何らかの安全保障手段を提示.核とミサイル問題での前進を促す.

6.15 西海五島北側の軍事境界線上で,南北海軍艦艇が銃撃戦.朝鮮戦争以来もっとも大規模な海上衝突となる。北は韓国艦船の近代装備の前に完敗。水雷艇一隻が沈没し、他の5隻も激しく損壊する。

6月 北朝鮮は西海五島の南側に海上境界線を設定し,その北側を海上軍事統制水域にすると宣言.韓国がわが領海内に侵入するならば、さらなる流血は必至である、と述べる。

7.26 ジョンズ・ホプキンズ大学公共衛生学部の調査報告の内容が報道される。北朝鮮から延辺に逃げ込んだ越境者440人から聞き取った内容をまとめたもので、咸鏡北道で1997年までの3年間に人口の10%以上に当たる二十五万人が死亡したとの報告。

7.30 「ハンギョレ21」,国軍情報司令部の関係者の話として,「朝鮮戦争以後に北朝鮮当局に捕まったり行方不明・死亡した北派工作員は,確認されただけで7726名」だと明らかにする.

7月 EU理事会,朝鮮半島に関する決議を採択.北朝鮮との関係正常化に向けた方針で合意.

99年9月 長距離ミサイルの実験を停止

9.12 ベルリンで米朝協議.北朝鮮は協議中は長距離ミサイルの実験を停止すると表明.米国は見返りとして制裁の一部解除に応じる.

9.15 ペリー北朝鮮政策調整官,下院に「見直し報告」を提出.北朝鮮が崩壊する可能性はなく,自殺戦争に踏み出す可能性もないと判断.核・ミサイル問題と制裁解除・国交樹立問題を並行して進める「新たな包括的・統合的アプローチ」を提唱.具体的には「北朝鮮のミサイル全基の買い取り」を提起したといわれる.共和党は「ならず者国家」をつけ上がらせるものと批判.

9.21 アメリカ,「94年枠組み合意」にもとづき,北朝鮮に対する経済制裁を一部解除する.

9.25 白南淳外相が国連総会で演説.「米国を永遠の敵とは見なさない」と述べ,ミサイル発射を当面凍結する方針を示す.

9月 北朝鮮,軽水炉の建設現場で働く北朝鮮労働者の5倍にのぼる賃上げを要求.韓国側がこれを拒否したことから工事は遅延.

99年10月

10.12 ペリー報告書が公表される.

11.19 ベルリン協議,国交樹立に向け北朝鮮高官級の訪米につき調整を図る.

99年12月 村山訪朝団

12.01 超党派国会議員団(村山富市団長)が訪朝.正常化交渉再開で合意.

12.15 KEDO,枠組み合意成立から5年目で,Kumhoの軽水炉型原発建設に関して朝鮮電力会社と契約.

12.28 労動新聞,太陽政策は「北朝鮮を改革・開放へ誘導してどうにかしようとする狡猾な手法」だと非難.

 

2000年

00年1月 イタリアと国交樹立

1.04 北朝鮮とイタリアが国交を樹立.G7国家では初めての国交正常化となる.

1.11 ベルリンで,三週間にわたりアメリカと北朝鮮との高位級会談.

2.09 北朝鮮とロシアが友好善隣協力条約に調印.

00年3月 北京の南北会談

3.04 ニューヨークで米朝会談.

3.09 金大中大統領,ベルリン自由大学で講演.「われわれには北韓を抱きかかえる能力はない.北韓住民は自由に関するいかなる経験もなく,外部の世界をまったく知らない.最も現実的で合理的な政策は,ただちに統一を追求するのではなく,相互脅威を解消し,共存・共栄を追及することである」

3.17 北京で南北が特使級の非公開接触.南北頂上会談で合意.「7.4南北共同声明」の祖国統一3大原則(自主・平和・民族大団結)を出発点とすることを確認.

00年4月

4.06 米国,北朝鮮のChanggwangSinyong社に対し「MTCRの第一カテゴリーに相当するミサイルをイランに販売した」として制裁.第一カテゴリーとは,射程300キロ以上,弾頭500キロ以上のミサイルを指す.

4月 日朝会談が再開される.

4月 金正日総書記の訪中。南北首脳会談の説明を目的とする。江沢民は南北首脳会談を高く評価する。

00年5月 アセアン地域安全保障フォーラムへの加盟

5.08 北朝鮮と豪の外交関係再開.

5.25 アメリカ,金倉里の核施設に対し第二回目の核査察.一年前の第一回査察時に比し変化がないと報告.

5.27 北朝鮮,アセアン地域安全保障フォーラム(ARF)に加入(23番目加盟国)

5.29 金正日,南北会談を前に中国を訪問.江沢民主席は「南北朝鮮の自主的平和統一を支持する」と表明.

00年6月 南北共同宣言

6.13 平壤で初の南北首脳会談.南北共同宣言を発表.核・ミサイル・非武装地帯問題については言及なし.

6.19 米国はローマ会談での合意に基づいて,北朝鮮に対する経済制裁を緩和する措置を発動.

6.20 北朝鮮と米国とのベルリン会談.北朝鮮は「ミサイル打ち上げ実験の凍結」を再確認することで応える.

6.27 平壤で第1次南北赤十字会談.離散家族100名ずつがソウルとピョンヤンを交換訪問すること,韓国に捕らえられている非転向将兵の送還について合議.

6.28 現代グループの鄭名誉会長が訪北.金正日国防委員長と面談.

00年7月 米朝外相会議

7.12 クアラルンプールで第五回米朝協議.ミサイル問題について意見を交換.北朝鮮はミサイル販売停止の見返りに年間10億ドルの補償を求める.アメリカはこの提案を拒否するとともに,「経済関係の正常化」を提案する.

7.12 マニラで,北朝鮮とフィリピンとの外交関係設定に関する共同コミュニケ発表.

7.14 南北連絡事務所が業務を再開.

7.19 プーチンが平壤訪問.金正日はミサイル販売計画の廃棄と引き換えに,「本来の目標である」人工衛星打ち上げへの援助を求める.

7.27 コックス共和党下院議員ら,「北朝鮮へのクリントン・ゴア援助が金正日の百万軍隊を支えている」とする報告書を発表.

7.28 バンコクでアセアン総会.オルブライト国務長官と白外相が“substantively modest”な会談を持つ.

7.31 南北閣僚級会談で共同報道文発表

7月 平壤放送、「朝鮮戦争が北朝鮮の侵攻によって始まった」とする朝鮮日報の報道に抗議。「わが国に対する侮辱を続けるなら本社を爆発させる」と脅迫。

00年8月

8.05 韓国の報道機関の社長46人が北朝鮮を訪問.

8.10 南北会談,板門店の南北連絡事務所を再開することで合意.

8.13 金正日,平壤で韓国メディア代表団と会見.「人工衛星打ち上げに対する援助要請は冗談」と述べる.

8.15 南北の離散家族,平壌とソウルで再会

8.18 朝鮮国立交響楽団,直航路利用してソウル訪問.

8.22 平安北道一帯で米軍将兵の遺骸発掘作業がはじまる.

8.27 在日韓国人の洪昌守(徳山昌守),プロボクシングWBC世界スーパーフライ級王者となる.

8.30 金大中,ワシントンポストとの会見で,「金正日が在韓米軍の継続駐留に同意した」と発言.

00年9月 非転向長期囚の送還

9.02 韓国政府,朝鮮戦争以来50年にわたり拘留されてきた非転向将校,スパイ罪などに問われ,政治的転向を拒んできた「非転向長期囚」など63人を北朝鮮に送還.

9.08 米国務省,金正日の人工衛星提案を「きわめてまじめに考慮している」と述べる.

9.11 特使資格をもつ,労働党中央委員会秘書の一行が訪韓.

9.12 北朝鮮在住の日本人配偶者の一時帰国第3陣が成田空港到着.

9.15 シドニー・オリンピック開会式で南北の合同入場行進 

9.18 韓国で鉄道・京義線の連結,復旧に向けた工事の起工式

9.18 IAEA総会,北朝鮮に対する特別査察をただちに開始するよう求める報告.北朝鮮は「共和国の主権に対する重大な挑戦であり,枠組み合意を破壊しようとするもの」と非難.決議を無視する姿勢.

9.22 韓国の白頭山観光団が訪北.

9.22 朝鮮総連,初の韓国への「故郷訪問団」を組織.

9.25 済州島で初の南北国防相会談,ソウルで南北経済実務者協議が開始される.国防相会談では,北側が韓米合同軍事演習や“北朝鮮主敵”規定を批判.「軍事的な信頼構築の措置として,一日も早く休戦協定を平和協定に」と主張.

9.27 ニューヨークで米朝会談.テロリズムに反対する共同声明を発表.国務省は北朝鮮をテロリスト国家のリストからはずす方向で検討開始.

00年10月 趙明禄の訪米とオルブライトの訪朝

10.10 北朝鮮ナンバー2とされる趙明禄国防委員会第1副委員長が,特別代表としてアメリカを訪問.クリントン米大統領,国務長官,国防長官と相次いで懇談.北朝鮮をテロ支援国家のリストから除外するための具体的措置について討議.

趙明禄: 最高人民会議常任委員会委員長である金永南が政治上のナンバー2であるのに対し、趙明禄は軍事上のナンバー2とされる。金日成の抗日パルチザン部隊に少年兵として参加した革命第一世代で、金正日の生母である金正淑に近かったこともあって金正日に信頼され、後見人として大いに発言権を増した。軍事パレードの時には、いつも金正日総書記の右隣にいるそうだ。

10.12 趙明禄とオルブライト,米朝間の敵対関係を終わらせるとする共同コミュニケを発表.敵対・敵視政策を清算して,「相互尊重の原則の下に,両国の関係を根本的に改善させ発展させる」ことに合意.

合意の具体的内容
北朝鮮は,500km以上のミサイル開発の中断,ミサイル合意に関する検証手段の保障など,ミサイル問題を前進的に解決する決意を表明.
米国は,ミサイル政策変更の見返りとして,食糧・エネルギーの安定供給,オルブライトが平壤を訪れることを約束する.オルブライトは,近い将来にクリントンの訪朝と米朝関係の正常化なども視野に入れていることを明らかにする.

10.24 オルブライト国務長官,北朝鮮を訪問.金正日は「射程500km以上のミサイル(テポドン1号)の発射実験を停止.さらにミサイル合意に関する検証手段も保障する」と提案.見返りとして食糧とエネルギーの安定的な供給をもとめる.クリントン訪朝,国交正常化の道筋についても話合い.

00年11月

11.01 クアラルンプールで第7回米朝協議.ミサイル問題の最終敵な詰めが行われるが,合意に達せず.クリントンの任期内の訪朝は不可能となる.

11.30 南北離散家族の第2回相互訪問が実施される. 

00年12月 金大中がノーベル賞

12.04 韓国『2000年国防白書』が発表される.国防相会議での議論にもかかわらず,“主敵規定”がそのまま存続.

12.10 金大中大統領,ノーベル平和賞受賞.

12.12 北朝鮮とイギリスが国交を樹立.

12.12 第4次南北経済実務者会談が,平壤で開かれる.経済協力関連4分野で,合意書を締結.