1991年

1月 日朝交渉が始まる.日本側はIAEAの核査察受け入れを迫る.さらに拉致問題の解明も条件に追加。北朝鮮側がこれを拒否したため会談は事実上決裂.

9月 国際原子力機関(IAEA),北朝鮮の核査察協定調印と「特別査察」を求める。北朝鮮は韓国に配備されている核兵器の撤去が先とし,協定調印を拒否.

9.17 南北朝鮮が,国連に同時加盟.

9.27 ブッシュ大統領,海外に配置された海上および地上戦術核兵器の一方的全面撤退を発表.この時点で韓国内には約100基の核兵器が配備されていた.

91年11月

11.08 盧泰愚大統領,ブッシュ宣言を受け朝鮮半島非核化構想を発表.核兵器の生産・所有・貯蔵・配備・使用の禁止を宣言.さらに再処理施設を持つことも禁止する.

11.25 北朝鮮外務部,「アメリカが核兵器を撤去すれば,IAEAの査察に応じる」と声明.

91年12月 朝鮮半島非核化宣言

12.06 統一教会の文鮮明が北朝鮮を電撃訪問し、金日成と会談。35億ドルの支援を約束する。

12.11 ソウルで南北首相会談が開かれる.「南北基本合意書」に署名.さらに韓国は,南北同時核査察を含む「韓(朝鮮)半島の非核化に関する共同宣言」を提案.

12.18 盧泰愚,いまや韓国内には一発の核兵器も存在しないとの声明を発表.

12.31 「朝鮮半島非核化に関する南北共同宣言」が仮調印される.「核エネルギーを平和的にのみ利用し,核再処理施設とウラン濃縮施設を保有しない」ことで合意.

91年 ソ連は国際価格での取引やハードカレンシーの決済を要求。ソ連貿易は北朝鮮貿易の53%を占めていた。これに代わり中朝貿易が34%まで伸びる。

 

1992年

92年1月 南北基本合意とチーム・スピリットの中止

1.20 南北両首相,「南北基本合意書」に署名.

1.22 ニューヨークで,米朝初の「次官級会談」が開催される.北朝鮮は,在韓米軍が統一後も朝鮮半島へ駐留することを「とりあえず容認する」と発言.

1.30 北朝鮮,IAEAとの保障措置(核査察)協定に調印.通常査察受け入れに合意し核査察対象リストを提出.これには寧辺の二つの核関連施設は含まれず.

1月末 米政府,「チーム・スピリット92」の中止を発表.

92年2月 朝鮮半島非核化共同宣言

2.18 朝鮮半島の非核化に関する共同宣言が発効.

3.06 アメリカ,ミサイル生産関連施設として北朝鮮三企業に制裁.

4月 金正日,人民軍創建60周年のパレードに出席。元帥の称号を受けたことが明らかになる.

4月 楊尚昆国家主席が訪朝。中国が韓国との国交樹立を考慮していることを金日成に伝える。金日成は再考するよう要請。

92年5月

5.04  北朝鮮,核物質に関する最初の報告書をIAEAに提出.7ヶ所の核施設と90グラムのプルトニウムを保持していることを明らかにする.

5.13 北朝鮮,朝鮮戦争時の米兵遺骨15柱を返還.

5.25 ブリクス事務局長を団長とするIAEA調査団,北朝鮮に対する第1回査察を実施.再処理施設「放射化学研究所」を中心に立ち入り調査.以後9ヶ月間に6回の特定査察を実施.

5月 江原道チョルヲンで、韓国軍の軍服を着た北朝鮮工作員が射殺される。

92年6月

6月 金日成,スエーデン労働党幹部との会見で,「東欧社会主義諸国の崩壊の原因は,事大主義と官僚主義にあった.決して社会主義制度そのものに問題があったのではない」と述べる.

7月 アメリカ,韓国を含め海外に配置された戦術核兵器2400基の撤収を完了したと宣言.

8.24 韓国と中国のあいだに国交が樹立される.北朝鮮は一時中国人観光客、朝鮮族の親戚訪問規制を行い抗議の意を表明。

92年9月

9月 IAEA,北朝鮮の初回報告について検討.再処理プルトニウム量などに疑問を呈する.

9月 韓国国家安全企画部,北から潜入した李善美労働党政治局員候補が,地下組織を作ったとし,一斉摘発に乗り出す.62人が逮捕され,300人が指名手配される.李善美はすでに逃走.

92年10月

10.08 米韓両政府,「核相互査察問題で意味ある進展が見られない」とし,チームスピリット再開を検討開始.

10.20 北朝鮮政府,「外国人投資法」「合作法」「外国企業法」を発表する

10月 韓国の国家安全企画部、400人からなる北朝鮮スパイ網が摘発されたと発表。この組織は労働党のリ・ソンシルが指導していたとされる。

11.05 第八次日朝会談.最終的に会談は決裂.北朝鮮は日本政府側に対し,「自らの尊厳と原則を捨ててまで日本と関係改善をしない」と言明.

12 最高人民会議常設会議開催.「外国投資企業および外国人税金法」「外貨管理法」「自由経済貿易地帯法」を採択する。政務院総理,延亨黙から姜成山に再び代わる.国家予算報告では第3次7ヶ年計画について何の報告もなし.

 

1993年

1.26 韓国,政権交代を前に米軍とのチームスピリット再開を発表.北朝鮮はチームスピリット再開決定を非難.

93年2月 北朝鮮「核疑惑」の浮上

2.09 IAEA,6回目の特定査察.平安北道寧辺の二つの核廃棄物の貯蔵施設について疑問が残るとし,北朝鮮政府に対し特別査察を要求.10日以内の回答を求める.北朝鮮は要請を拒否.

2.25 アメリカの軍事衛星が,寧辺の核施設(放射能化学研究所)を察知.35カ国からなるIAEA理事会は,7ヶ所の核施設について,3月25日を回答期限として現地「特別査察」を求める決議を採択.中国は決議を棄権.

2月 クルーゼ・ロシア外務次官は旧ソ連時代からの北朝鮮のロシアに対する累積債務は33億ルーブルに達すると明らかにする。

93年3月 米韓のチームスピリット再開

3.01 米韓合同軍事演習「チームスピリット」が二年ぶりに再開される.

3.08 金正日最高司令官は全国・全民・全軍に準戦時状態を命じる.準戦時体制の発動は83年以来10年ぶり.

3.09 金日成,IAEAがアメリカ情報当局の指揮下にあるとし,特別査察を拒否.

3.12 北朝鮮,NPTからの脱退を宣言する.

3.24 南アのデクラーク政権,過去に原爆6発を所有していたことを認めるとともに,これらがすでに解体されたと発表.

3月 北朝鮮政府、羅津・先鋒自由経済貿易区開発計画を発表。(先鋒の旧称は雄基)

93年4月

4.01 IAEA理事会,北朝鮮が協定を遵守せず,核物質が非平和的目的に使用される可能性を否定できないと言明.

4.06 IAEA,北朝鮮核疑惑問題を国連安保理に委ねる.安保理議長はこの問題の解決に責任を持つとの議長声明.

4.07 金正日、書記・国軍最高司令官に加え,軍統帥権を持つ国防委員会委員長に選出される.10名からなる国防委員会が北朝鮮政府の最高首脳部となる.金正日は人民武力部機構体系改編を断行.呉克烈派として左遷されていた金英春を総参謀長にすえる.

4.14 北朝鮮からの要請を受けた米国務省,米朝会談の開催に応じると発表.

4.19 ロシア連邦大統領,85年協定の前提が崩れたとして,北朝鮮の原子力発電に関する一切の協力を停止.

93年5月

5.11 国連安保理,「北朝鮮に対しNPT脱退を再考し査察協定を履行するよう求める決議案」を採択.すべての国連加盟国に対して問題解決のための努力を求める.反対は0,中国とパキスタンが棄権.

5.29 北朝鮮,日本海へ向け射程1000キロのノドン・ミサイルの発射実験.“多段式ミサイル三発の試射に成功。一発は能登半島沖、二発は3000キロ離れたハワイ沖とグアム沖に着弾”、と発表。

93年6月 米朝高官協議が開始

6.02 ニューヨークの米国連代表部で,米朝高官協議が開始される.国連安保理決議を受けてのもの.米国側はガルーチ国務次官補,北朝鮮側は姜錫柱(カンソクチュ)第一外務次官を首席代表とする.

6.11 ニューヨーク会談がいったん終了.「核兵器の使用・威嚇を行わず,朝鮮半島の非核化・平和と安全を保障し,朝鮮の平和統一を支持する」ことで合意.米国は北朝鮮の内政に干渉せずと言明.北朝鮮はNPTからの脱退を保留.交渉継続に合意.

6.29 武藤外相がソウル訪問.北朝鮮に対し,核不拡散条約(NPT)脱退の「完全な」撤回と,国際原子力機関(IAEA)による査察受け入れなどを強く求めていく立場で一致.

6月下旬 クリントン,韓国を訪問.非武装地帯視察後,「もし北が核兵器を使えば,それは北朝鮮の終焉を意味する」と声明.

93年7月

7.19 米=北朝鮮第二回会談.IAEAの査察全面受け入れ,軽水炉原発への移行を柱とする共同声明を発表.軽水炉二基をアメリカが供与する方向で交渉継続を確認.

8.13 IAEA査察団,北朝鮮の協力体制が依然として不十分と発表.

9.24 北朝鮮、羅津・先鋒自由経済貿易区開発計画にもとづき、羅津市と先鋒市を合併させ中央政府の直轄市である羅津・先鋒市を置く。また恩特郡の元汀里(圏河税関の対岸にあたる)など三つの里がこれに編入される。総面積は746平方キロメートル。

93年10月

10.01 IAEA年次総会,ブリクスは北朝鮮の核施設が平和利用以外の方向に転用される懸念が強まっていると報告.

10.14 アムネスティ・インタナショナル,北朝鮮が過去30年間にわたって政治犯ら数千人を虐待・処刑し,元在日朝鮮人を含む数万人を環境劣悪な収容所に拘束したとする報告書を発表.

10.29 北朝鮮,「核査察問題はアメリカとの直接対話によってのみ解決できる」とし,IAEAの査察を認めないと通告.

93年11月 核査察を求める国連決議

11.01 国連総会,北朝鮮に核査察の完全履行を求める決議を採択.賛成140,反対は北朝鮮一国のみ.

11.02 米国のアスピン国防長官,北朝鮮の核開発疑惑について強い懸念を表明.「米朝協議が最も重要な交渉窓口であり,当面は話し合い解決を追求する」との基本姿勢を示す.CIAとDIAは北朝鮮がすでに約12キロのプルトニウムを保有していると報告.これは数発の核兵器を作るのに十分な量とされる.

11.05 ワシントンポストのコラム,「北朝鮮への語りかけをやめ,経済封鎖に乗り出せ」と主張.

93年11月 金日成の復活

12.08 朝鮮労働党中央委員会第6期21回総会.金日成が,病身を押してふたたび陣頭指揮に立つ.金正日に排斥されていた金英柱(金日成の実弟),金炳植が副主席として復活,いっぽうで金正日側近の金容淳,金達玄らが左遷される.

12.29 北朝鮮,申告ずみ核施設への通常査察再開を認める.

12月 朝鮮労働党中央委員会に引き続き,最高人民会議が開催される.姜成山総理は「第3次7ヶ年計画遂行総括と当面の経済建設方向について」報告.計画の未達成を認める.失敗理由として,社会主義圏崩壊による輸出市場の消滅と,国防費負担増をあげる.会議は「農業第1主義,軽工業第1主義,貿易第1主義」を唱え,第3次7ヶ年計画遂行後の3年間を緩衝期とする決議.これは計画の3年延長を意味する.

12月 北朝鮮のチョウ・カン参謀総長、「軍は90年代に必ず祖国を武力統一するという、重大かつ名誉ある任務を担っている」と演説する。

 

1994年

1月 米政府は,北朝鮮が核開発を中止しなければ核施設を爆撃すると発言.軍事筋は,北朝鮮への先制攻撃計画「作戦計画50-27」など相次いで侵攻計画をマスコミにリーク.
 


作戦計画50-27
在韓米軍と韓国軍の共同作戦計画.偵察衛星などありとあらゆる情報網を駆使し,圧倒的空軍力を背景に短期間で制空権を確保.北朝鮮が動く前に機先を制して平壌を先制的に大規模空爆.その後米韓両軍が突入.平壌制圧と政権転覆を目標とする.

2.15 北朝鮮,7ヶ所の核施設についてIAEAの査察に合意.IAEAは国連安保理への再提訴を保留.

2.18 ニューヨークの実務協議,①チーム・スピリットの実施見合わせ,②北朝鮮・IAEAの2.15合意遵守で合意.

94年3月 「ソウルは火の海になる」

3.01 IAEA査察官が北朝鮮査察に入る.

3.03 北朝鮮当局,寧辺(ニヨンピョン)のプルトニウム再処理施設への立ち入りとサンプル採取を拒否.IAEA理事会は,「合意に基づきただちに全面査察を受け入れるよう」北朝鮮に要求.

3.15 IAEA,北朝鮮からの査察官引き上げを決定.「北による核物質軍事転用の有無を検証できなかった」と声明.

3.16 板門店での南北定期協議,北朝鮮の朴英朱首席代表は,「ソウルはここから遠くない。もし戦争になればソウルは火の海になる.あなた方は生き残れないだろう」と宣言.そのまま席を立つ.韓国政府はチームスピリット94の中止決定を撤回すると発表.

3.21 IAEA特別理事会の付託を受け,国連安保理が北朝鮮非難決議.中国は拒否権を行使せず,棄権に回る.

3.21 クリントン,パトリオット迎撃ミサイルの韓国配備とチームスピリット演習の年内実施を発表.

94年4月 アメリカの戦闘準備開始

4.04 アメリカは米朝高官協議を中止.ペリー国防長官,「われわれは朝鮮半島において,この問題に関しても他のいかなる問題に関しても,戦争を望まないし,戦争を引き起こすこともしない.しかし国連による制裁が,北朝鮮を開戦に向わせるなら,われわれはリスクをとるだろう」と発言.

4.16 金日成,平壤市内で記者会見.「将来にわたって,われわれが核兵器を持つことは決してない.われわれは朝鮮の同族に対し核兵器は使えない」と述べる.

4.18 金日成,NHKの質問に答え「アメリカがトップ級会談に応じれば,問題は解決できる」と述べる.

4月中旬 米韓合同軍事演習「チーム・スピリット」を再開.パトリオット・ミサイルが釜山に揚陸される.アパッチ攻撃ヘリ,重戦車・高性能レーダー装置などが投入され,兵員は枠ぎりぎりの3万7千人にまで増員される.さらに米第七艦隊が海上に待機する.

4月 米政府と米軍,1900項目にのぼる支援要請のリストを作成.日本政府に対し後方支援を要求する.

4月 足利銀行,北朝鮮向けドル建て送金の取り次ぎを停止.円建て送金は引き続き可能.足利銀行は北朝鮮とコルレス契約のある邦銀約20行の内,事実上唯一利用されてきた銀行.

4月 北朝鮮の民主化を求める大阪の市民集会,朝鮮総連活動家に襲撃される.警察は総連大阪府本部の21人を,威力業務妨害の疑いで書類送検.

94年5月 燃料棒抜き取り

5.01 北朝鮮,燃料棒8千本の抜き取り作業を実施すると通告.IAEAは作業への査察官の立会いと,サンプルの引渡しを要求.北朝鮮がサンプル引渡しを拒否したため,査察官の派遣を取りやめる.

5.02 ガルーチ北朝鮮担当無任所大使,「IAEAの立会いなしに燃料棒抜き取りを行えば,一切の交渉努力は不可能になるだろう」と警告.

5.04 在韓米軍総司令官ゲーリー・ラック大将,北朝鮮軍兵力を分析.「北朝鮮は国境地帯に8400の大砲と2400の多連装ロケット発射台をすえており,ソウルに向けて最初の12時間に5千発の砲弾を浴びせる能力がある.もし再び戦争となれば,半年がかりとなり,米軍に10万人の犠牲者が出るだろう」とのべる.

5.08 北朝鮮,警告を無視して燃料棒抜き取り作業を開始.

5.18 ペリー国防長官とシャリカシュビリ統合参謀本部議長,ゲイリー・ラック在韓米軍総司令官が「第二次朝鮮戦争」発生時の被害予想を検討.最初の三ヶ月で,米軍兵士8万ないし10万人と韓国軍50万人が死傷するとの結論.全面戦争が発生すれば死者は100万人,損害総額は1兆ドル,戦費は610億ドル以上,最大に見積もって1兆ドルに達するとされる.

5.19 IAEA,北朝鮮が5メガワットの核実験炉から,国際監視なしで使用済み燃料棒8000本の抜き取りを開始したことを確認.これに含まれるプルトニウムは,5個か6個の原爆を製造できる量に相当する.CIA長官,「核爆弾1発を開発した可能性がある」と発表.

5.25 サム・ナン上院軍事委員長とルーガー上院外交委員長を特使とする使節団,直前になって北朝鮮側に入国を拒否される.

5月 姜成山前首相の娘婿にあたる康明道が韓国亡命.

94年6月 カーター・金日成の瀬戸際合意

6.02 IAEAのブリクス委員長,国連安保理に対し報告.「もはや北朝鮮による核物質軍事転用の有無を検証する手立てがなくなった」と述べる.

6.03 ワシントン・ポストのクラウトハマー,「われわれは戦争を始めるつもりはない.だが金日成はやるかもしれない.われわれはその行為の帰結を明らかにしておかなければならない.すなわち北の壊滅である.停戦はない,38度線もない,板門店に戻ることもない」と戦争をあおる.

6.03 クリントン,北朝鮮との協議を打ち切り,国連安保理における制裁決議実現に全力をあげると宣言.北朝鮮は「制裁は戦争を意味する.戦争に情け容赦はない」と声明.

6.05 米下院,北朝鮮への経済制裁を求める決議を415対1で採択.

6.09 北朝鮮,「日本が経済制裁に合流するなら,宣戦布告とみなす」と声明.

6.09 カーター前大統領,個人の資格で平壤を訪問すると発表.金大中の強い要請を受けたといわれる.

6.10 国際原子力機関(IAEA),北朝鮮が条約義務の不履行を拡大し続けているとし,年間25万ドルの原子力関連の技術協力を停止するとの制裁決議を採択.反対はリビアのみ,中国は棄権,キューバは欠席.

6.11 北朝鮮,IAEA本部からの代表を引き上げ.IAEAの査察には協力しないと発表.NPT脱退については保留.

6.13 北朝鮮,「国連による制裁はただちに宣戦布告を意味するというわれわれの立場を強く再確認する」と声明.

6.15 共和党政権時代の北朝鮮問題担当者,スコウクロフトとカンター,ワシントン・ポストに投稿.「その場しのぎが許される時期は終わった.北朝鮮がIAEAの査察を受け入れないのなら,われわれが北の再処理能力を除去しなければならない」と述べる.

6.15 オルブライト米国連大使,安保理での制裁決議採択に向け動き出す.

6.15 タイム・CNNが米国民の世論調査.47%が北朝鮮の核施設に対する国連の軍事行動に賛成.

6.15 カーター前大統領が平壤に入る.クリステンソン国務省朝鮮課長代理が同行.クリントンからは親書は与えられず.

6.16 クリストファー国防長官,ラック報告に基づきホワイトハウスでブリーフィング.米兵1万人を追加投入する計画を説明.

6.16 ラック在韓米軍司令官とレイニー駐韓大使が秘密会談.本国からの指令を待たず,「在韓米国人8万人の避難計画」を進めることで合意.

『サンデー毎日』2002.2.10号
 金泳三大統領は,韓国政府の了解なしに在韓米国人全員の国外避難をさせようとしたことに「激怒」,「誤った決定で,もし韓半島で戦争が勃発したら,私は国軍の最高司令官として韓国軍人を誰一人として参戦させない」と「捨て台詞」を残してクリントン大統領との電話会談を打ち切る.(本人談話)

6.17 金日成がカーター斡旋を受け入れ.寧辺における再処理の全面凍結と査察官常駐,対米交渉の再開に応じる.カーターは独断でCNNの生中継をセットし米朝合意を確認.

6.17 米政府,カーター・金日成合意を受け入れ.制裁決議推進活動を停止し,米朝高官協議を再開すると発表.

94年7月

7.06 金日成,経済部門責任者会議で演説.第三次七カ年計画の挫折を受け,緩衝期戦略を提起.農業・軽工業・貿易の振興を訴える.

7.08 金日成主席,心臓発作で死去.7月25日に予定された金泳三との首脳会談は流産に終わる.(ウィキペディアによれば、会議で興奮し、止めていたタバコをすった後心臓発作を起こしたとされる。いかにもありそうな噂話の典型ではあるが…)

7.30 国際アムネスティ,ソウル市内で記者会見.平壌から約七十キロのスンホ政治犯収容所に,韓国出身者11人,在日朝鮮人26人,日本人女性ら約六百人が収容されていると報告.

94年8月

8.01 金泳三大統領,アムネスティの報告を受け,政治犯収容所に拘禁されている韓国人の釈放と送還を求める交渉を行うと声明.

8.05 ジュネーヴで米朝高官協議が再開される.北朝鮮は2千メガワットの軽水炉提供を要求.鉱物資源による返済を求める.特別査察については合意に至らず.

8.12 ジュネーヴの米朝協議,「枠組み」で合意.

9.12 ベルリンで専門家会議が開かれる.韓国型軽水炉の導入で合意.ただし韓国型の名称を用いることは北が拒否.

94年10月 枠組み合意

10.22 ジュネーヴの米朝高官協議,「米朝間で合意された枠組み」文書に調印.

「枠組み合意」(Agreed Framework
三段階で北朝鮮の核開発計画を破棄するもの.①北朝鮮が黒鉛減速炉を凍結する.②この見返りに,軽水炉型原発の開発援助を約束.2003年までに「国際コンソーシアム」が韓国型軽水炉2基を建設し,200万キロワットの電力を供給すること.③軽水炉完成までは,アメリカが毎年50万トンの重油を供給し,経済制裁を解除するというもの.
IAEAは寧辺の原子炉に封印を施し,燃料棒をコンクリート製の保管施設に格納.北朝鮮国内で監視活動を続けることとなる.米国・北朝鮮の経済・外交関係の正常化も合意される.アメリカは北朝鮮に対し核兵器による威嚇を行わないことを保障.

11.28 IAEA,Nyongbyonと Taochonの核施設建設が凍結されたことを確認.

94年12月

12.10 韓国統一院,「北韓の第3次7ヶ年計画総合評価書」を発表.計画年度における経済成長率実績は平均-1.7%と推測.

12.17 北朝鮮領空内に侵入した米軍ヘリが北の対空砲火により撃墜される。“独自開発した携帯地対空ミサイル「火昇(ファスン)」が一発で撃墜”したと発表される.乗員一人が死亡,もう一人の乗員ボビー・ホールは暴行を受け拘束される.

12.18 アメリカはハバード国務次官補代理を平壤に送り,二週後にホールは解放される.

12月 韓国軍の統帥権,韓国側に返還される.有事の統帥権は引き続き駐韓米軍司令官が掌握.

 

1995年

1.20 米議会,北朝鮮に対する経済制裁の緩和を承認.共和党の抵抗により緩和幅はわずかなものとなる.

1月 議会の抵抗を恐れるクリントンは,第一回目の重油供給に行政府臨時費を充当.

1月 韓国の三星グループの調査団が羅津・先鋒を訪問。電子製品工場を建設することで北朝鮮と合意。

95年3月 KEDO設立

3.08 米上院,枠組み合意関連の経費を議会の承認を得ずに支出する法案を可決.北朝鮮への重油供給が困難となる.

3.15 枠組み合意に基づき,「朝鮮半島エネルギー開発機構」(KEDO)が設立される.日米韓のほか,ニュージーランド,オーストラリア,カナダが原加盟国となる.事業資金の7割を韓国が支出,日本が25%,米国を含む残りの国が5%を拠出することとなる.

3.30 自社さの連立三与党代表団(団長:渡辺美智雄)が北朝鮮を訪問.朝鮮労働党との間で会談再開の合意書に調印.「対話再開と国交正常化のための会談には,いかなる前提条件をもつけない」ことで合意.

5.25 北朝鮮は日本に対して米援助を要請。有償15万トン、無償15万トンで合意。

5月 北朝鮮の巡視艇が韓国漁船を銃撃し捕獲。乗組員3人を射殺する。

6.13 米朝「枠組み合意」が進行.マレーシアでの米朝準高官級会談で,韓国型軽水炉の導入が実質的合意に達する.

6.21 北京で南北コメ支援協議が合意。韓国が15万トンを無償援助することとなる。

6月 韓国から人道支援物資を積んだ船が北朝鮮に入る。北朝鮮兵は、支援船に対し北朝鮮国旗を掲揚することを強要したという。

7.09 北朝鮮の国家安全保衛部は延吉で韓国人の安承運牧師(純福音教会)を拉致する。中国は北朝鮮によって拉致されたと断定。この事件で北朝鮮人3人と朝鮮族3名を逮捕。2年の懲役刑の上、北朝鮮に追放。

7月 朝鮮中央通信は「安承運牧師は自発的に北朝鮮に亡命した」と報道。のち安牧師は北朝鮮のプロパガンダに利用される。 (この頃から、延辺地区への韓国人の浸透が活発化する)

95年8月 北朝鮮の水害と飢餓

8月 西部工業地帯(平安北・南道)中心に100年来の大洪水.国土の75%が被害を受ける.被災者520万人,被害額は150億ドルに達する.

8.23 朝鮮中央通信、「黄海南道・北道で、ヒョウのため耕地17万ヘクタールが被害.120万トンの食糧が損失した」と報道.さらに「7月31日から8月18日の豪雨で多大な被害を被った」との洪水被害対策委員会の報告を詳細に報道。初めて食糧危機を公表し世界に救援を訴える.

8月 北朝鮮当局、入港中の韓国の人道支援船を拿捕し乗員を逮捕。乗員が船上から写真を撮ったことが理由とされる。

95年9月

9.12 国連人道援助局,各国に対北朝鮮緊急食糧援助を要請.呼びかけに応じ,日本,韓国,中国,タイなどから100万トン(7億7千万ドル相当)の食糧が渡される.

北朝鮮の経済成長率 
 1990年   1991年   1992年   1993年   1994年   1995年   1996年
 +3.7%    -5.2%    -7.6%    -4.3%    -1.7%     -4.5%    -3.7%

10月 アメリカのスタントン・グループが、羅津・先鋒自由経済貿易地帯を訪問・視察する。

10月 北朝鮮の武装工作員が臨津江を渡ろうとして発見される。1人は射殺され,もう一人は逃亡。同じ月、工作員二人が扶余で発見される。1人は射殺されもうひとりは捕らえられる。

11.20 ジョセフ・ナイ国防次官補,「北東アジア10万(うち日本に5万)の米兵力は,北朝鮮の軍事的脅威に対応するため」との見解を明らかにする.また「北朝鮮の現状は悪化しており,冒険主義に走る可能性もある」と強い懸念を表明.極東米軍プレゼンスの根拠を北朝鮮に求める.

95年12月

12.15 軽水炉建設事業の大枠を定めたKEDO=北朝鮮間の協定が締結される.韓国が資金の7割・30億ドルあまりを負担,日本が10億ドルを負担.アメリカは資金提出せず,建設中の重油供給を受け持つ.

12月 韓国国防省,95年度国防白書を発表.朝鮮人民軍を初めて“主敵”と規定.

 

1996年

96年1月 「苦難の行軍」

1.01 「労働新聞」,「朝鮮人民軍」,「労働青年」の三紙が共同社説.「苦難の行軍精神」を強調.

1月 北朝鮮,アメリカの要求するミサイル輸出問題での二国間会議に原則合意.交換条件として経済制裁の緩和を要求.

1月 クリントン政権,国連の緊急アピールに応え,北朝鮮に対し200万ドルの資金を提供すると発表.

2.22 外交部スポークスマン,「新たな平和保障体系樹立」を提案.

96年3月 人民軍のクーデタ事件?

3.19 ロード東アジア・太平洋問題担当国務次官補,下院国際問題小委員会で証言.ミサイル輸出問題で進展があれば,経済制裁の緩和を検討と述べる.

3.29 人民軍第6軍団でクーデタ事件が発生.北朝鮮政府は「休戦条約の無効化」を宣言し,国内引き締めに当たる.人民武力部の金光鎮第一部長,「朝鮮半島の休戦状態は限界点に達している.今や問題は,朝鮮半島で戦争が起きるか否かではなく,その時点がいつかということにある」と危機感をあおる.

3月 貿易当局者が台北を訪問.コメ10万トンの支援を要請.台湾当局は2万トンの援助方針を決定.

96年4月

4.10 北朝鮮政府が国連に覚書を送付.94年危機の際,「もし国連が朝鮮民主主義人民共和国に対して一方的に『制裁』を加え,歴史を繰り返すという道を選んでいたら,第二次朝鮮戦争が勃発していた」と明言.

4.11 米国防総省,北朝鮮の化学兵器や長距離ミサイルの開発が,米国と地域の同盟国の安全に「深刻な脅威となっている」と警告.

4.16 クリントンと金泳三が済州島で首脳会談.南北朝鮮に米国・中国を加えた四者会談の開催を提案.北朝鮮外交部スポークスマンは「4者会談について検討する」とこたえる.中国関係者は「休戦協定に代わる新しい枠組みが必要であり,米,韓国,北朝鮮の三者で十分話し合うことを期待する」とエールを送る.

4.17 日米安保「共同宣言」発表.

4.21 北朝鮮と米国のベルリン会談.米国は北朝鮮にミサイル技術規制計画(MTCR)への加入を促す.

96年5月 「一坪の土地でも穀物を!」

5.21 北朝鮮「労働新聞」,「一坪の土地でもさらに探し出して穀物を植えよう」との論説を掲載.「田と畑の必要のない畔をなくし,山地にやぎを飼い,草を肉に変えよう」と呼びかける.

北朝鮮の農業崩壊の理由
①地力の低下(←コメの密植,トウモロコシの連作,肥料・農薬など投入物の不足),②電力不足や農機具の燃料不足,③水害の発生の頻繁化(←段々畑からの土砂の流失),④農民の労働意欲の減退(←共同農場方式),⑤農業労働力不足と高齢化及び女性化.

5.24 アメリカ,北朝鮮からイランへのミサイル技術移転に抗議し,経済制裁を強化.

5月 洪成南副首相が訪中。中国は,北朝鮮との関係を修復し,金正日体制を全面支援する意向を表明.毎年穀物50万トン,石油120万トン,石炭150万トンを提供することで合意.

5月 西海岸で北朝鮮巡視艇5隻が境界線を越えて侵入。4時間にわたり韓国側とにらみ合いを続けた末、撤退する。6月にも同様のエピソード。

96年6月 「飢饉と経済状態は深刻」

6.25 李成禄対外経済委員会副委員長,台北を訪問.事前の報告を受けた中国政府は,「北朝鮮は“1つの中国”の立場を守るだろうと信ずる」と述べる.

6月 中国赤十字,「北朝鮮の飢饉と経済状態は深刻で,病院は栄養失調の子どもと老人であふれている.工場の9割は操業を中止し,ほとんどの商店は閉鎖している」と言及.

6月 世銀の要請を受けたイギリスの情報分析会社,「金泳三政権の北朝鮮政策は一貫性に欠けており,その対北強硬姿勢はアメリカを困惑させている」と報告.

6月 日本政府,対北1.5万トンの米の無償支援を決定.

7月 「モハメッド・カンス」事件が発生。北朝鮮スパイのチャン・スイル(62歳)はフィリピン人モハメッド・カンスを名乗り、12年間大学教授として務めていた。チャンは「おそらく数百の北朝鮮スパイが南側で活動しているだろう」と自供。

96年8月

8.16 韓国の金泳三大統領,4者会談を提示.あわせて南北経済協力計画も提案.

8月 穀倉地帯(黄海北・南道,江原道)を中心に大洪水.鴨緑江の堤防が8ヶ所にわたり決壊。死者116人を含め被災者327万人,被害総額は17億3280万ドルにおよぶ.

8月 モスクワの現代国際問題研究センター,「北朝鮮経済は現体制のもとでは再び回復できないほど疲弊している.もはや国家経済機能までが完全に麻痺した」と報告.

96年9月 武装スパイ潜入事件

9.18 北朝鮮「武装スパイ潜入事件」おこる.韓国東海岸の江陵で北朝鮮の潜水艇が座礁.武装工作員24名が上陸し,数日間にわたり銃撃戦を展開.韓国側は15人が死亡.遺棄された潜水艇からは,アメリカの民間団体が送った支援食料の缶詰が発見される.(一説では上陸したもの26名、うち11名は内部で処理され、13人が抵抗を続けたあと射殺される。一人が捕らえられ、もう一人は逃亡に成功)

10.16 アメリカ,中距離ミサイルのノドン発射実験に対抗し,偵察船と偵察機を日本に派遣.

10.20 ウラジオストック駐在の韓国外交官チョ・ドクケンが暗殺される。事件の前に「潜水艇事件の報復」をにおわせる脅迫状が届いたという。

11.08 国務省,ノドン発射実験が延期されたと発表.

96年9月

12.29 外交部スポークスマン,平壌放送と朝鮮中央通信を通じ,潜水艦座礁事件に「深い遺憾の意を表し,事件の再発防止のために努力する」とする論評を流す.これを機に,韓国は軽水炉建設事業の再開に動く.

12.30 北朝鮮,4者会談への参加の意思を表明.