長い前置き
先日、北大正門前の馴染みの古本屋に立ち寄った。いつものごとく読みもしないのに買い込んでしまう。
新本と違い、古本というのは一期一会であるから見た瞬間に「買わなければならない」という脅迫心理に陥ってしまう。
ということで、むかし馬鹿にして買わなかった本、祖父江孝男の「県民性」という中公新書。
中身を見るとさすがに古い。いまはクラウドなどで相当の情報が手に入るだろうと思う。
その中で方言地図というのがあった。いくつかの言葉に着目した雑駁なものであるが、それだけにクリアカットである。
これはこれで、いろいろのことを予想させてくれて楽しい。例えばミトコンドリア染色体とかゲノム地図とか情報が多すぎるとバックグラウンドノイズばかりが気になって、肝心の情報が隠れてしまうのに、Y染色体だと分布だけでなく流れまで見えてしまう、みたいな感じかもしれない。
そこで、この「古地図」を見て着目した内容が現在の方言地図ではどうなっているかを調べてみようと挑むことになった。
ところがこれがうまくいかない。国立国語研究所の方言地図は多種にわたり膨大で、これ一枚というものがない。
大まかに言って、1.文法、2.語彙、3.イントネーションの三つの基準が必要だ。しかもこれを重ね合わせると、境界線が消えてしまうというのだから、難儀なことだ。
おそらくこの傾向は、今後、日本人の移動(一極集中)とメディアによる支配が進むとともに、ますます進行するだろう。
この方向での検索はとりあえず諦めることにする。

「言語島」を調べる
調べの途中で面白い言葉に出会った。それが「言語島」である。ウィキでは対応する英語の表記もなく、参考文献も大野晋、柴田武編『岩波講座 日本語11方言』のただ一冊である。
記載の中には海外における言語島の例も示されているので、省略されているだけなのかもしれない。
ウィキの説明によれば
言語島(げんごとう)または言語の島(げんごのしま)とは、①長い間周辺部との交流が隔絶されたり、②別言語を話す集団が大量移住してきたりしたために、周囲とは異なる特徴を持つ言語が分布している状態のことである。
番号は私が付けたものだが、②は孤立と言うよりは流動化であり、完成された島とは言い難いように思える。
①の例としてあげられたものは、奥吉野方言、奈良田方言、井川方言、白峰方言、秋山郷方言、大鳥方言・三面方言が挙げられている。
いずれも山間の僻地で、「陸の孤島」である。
奥吉野方言 アクセントにおいて上方弁と区別される。という音は名古屋弁と同様の機序ではないだろうか。
征服された銅鐸人由来の言葉と見る。
奈良田方言、井川方言: 上代東国方言が隔絶された環境の中で残ったものと言われる。一種の「マタギ」言葉ではないか。
なお井川方言の項目には以下の記載があった。
静岡平地部の住民からは「ギラをきかす」といわれ、相当の音声的差異がある
たしかに子供の頃「ギラ使っちゃって」という言葉を耳にしたことがある。「ヤマガ言葉」という感覚はなく、多分、「東京風のキザっぽいアクセント」みたいな使い方していたと思うが。
秋山郷方言 これも同断である。
大鳥方言・三面方言 この方言は分かりにくい。同じく上代東国方言と考えて良いと思うが、場所的には微妙で、一概に取り残されたとは言いにくい設定である。
ウィキ氏は「音声要素の多くは九州方言や琉球方言、高知方言と共通する。アイヌ語に近い縄文時代の言語の特徴ではないか?」 と示唆しているが、とりあえず無視しておこう。
以上見てきたが、あまり日本語の起源に迫るようなビッグな話題ではない。どちらかといえば“孤立した話題”である。

言語島が示唆するいくつかの可能性
ただいくつかのことが示唆される。
1.弥生語→古日本語の形成よりあとの話だ。
2.まず弥生語が北海道・奥羽を除く全土に広がった。これは銅鐸文化の広がりに一致する
3.ついで畿内を征服した天孫系が上方言葉を広げる。
4.上方言葉はまずボキャブラリー、ついで文法を中心として拡散した。イントネーションは最後まで古日本語の特徴が残された。
5.名古屋・岐阜では言葉はほぼ上方化されたが、アクセントが旧来のまま残された。
6.それより東の静岡・山梨・信州をつなぐベルト地帯では、文法も古日本語が残され、語彙の移入にとどまっている。
7.関東の東部・北部では、上代東国方言の無アクセントが広範に見られる。これは古日本語とも異なり、日本語した縄文人の特徴であろう。

西部地域においてはかくの如き整然とした層構造は見られない。これは大和権力の西への進出が東ほど簡単ではなかったためであろう。