共産党の北朝鮮政策

共産党の北朝鮮政策が発表された。情勢が緊迫かつ昏迷している状況のもとで、我々がいかなる立場を取るべきか、示唆に富む提言がなされている。

最初に、この文書の性格を明らかにしていきたい。

1.メモランダムとしての性格

「政策」と言ってもあまり正式のものではなく、「関係6カ国への要請」という名前で発せられたアピールであり、要点を押さえたメモランダムにちかい。

2.6カ国協議の枠組みを前提とした行動提起

正式名称は「非核化と平和体制構築を一体的、段階的に」というもので、「呼びかけ」としてはやや不鮮明だ。

一体的に関してはまったく異議はない。核・ミサイル問題だけを切り離しては永続的な解決にならないだろう。長い紛争の経過が何よりもそのことを証明している。

ただし「平和体制構築」という言葉がうすぼんやりとしている。何をもって平和体制構築の指標とするのか、明確で絞り込まれた目標設定が必要だろう。

「段階的に」という言葉自体にはあまり意味がないのだが、なにか特別な意味を与えているのだろうか。


4月6日に「要請文」が発表された際の紹介記事には以下のごとく要約されている。


まず、この要請が緊急に提出されたものであることが強調される。

これは「4月27日の南北首脳会談、5月末までの米朝首脳会談という新たな動き」がある以上、当然のことで時宜を得たものと言える。

逆に言えば、とりあえずこの2つの会談への期待というところに的を絞っているので、共産党の政策全体をこれで評価されても困るだろう。

要請の内容は一体的進行と段階的進行である。

一体的というのは非核化と平和体制構築という二つの課題を一体的に取り組むことである。

段階的というのは、非核化と平和体制構築の課題のいずれも現時点で達成するのは困難だから、あまり焦らずに「相互不信を解消し、信頼醸成を図りましょう」ということだ。

ただこれではあまりにもあいまいだから、過去における到達段階である「6カ国協議の05年共同声明」を出発点としてはどうかと提起している。

最後に共産党は、「4月27日の南北首脳会談、5月末までの米朝首脳会談」が持つ世界史的意義について関係国が認識をともにするように訴える。それは次のように述べられる。

戦争は絶対に回避しなければならない。

敵対から和解への転換が図られれば、それは世界の平和にとって巨大な利益になる。


以上のことから、「要請」のキモは次の点に集約される。

1.「6カ国協議の05年共同声明」の意義

2.「6カ国協議の05年共同声明」が保護にされた経過

3.それにもかかわらず、未だに出発点となりうる理由

残念ながら上記に関しての読み込みは、要請文そのものからはかなり困難である。
05年の共同声明は、その具体化の過程で困難に直面し実を結んでいませんが、その原因は「行動対行動」の原則が守られなかったことにあります。
という段落をどう読み込むかが読解の焦点となる。


(1) 対話による平和的解決の展望

北朝鮮の核・ミサイル問題で平和解決の動きがでている。これを歓迎する。

この際、関係国に2点を要望する。

(2) 非核化と北東アジアの平和構築

ということで早速、「一体的・包括的構築」の中身が語られる。

非核化と同時に語られるべき「北東アジアの平和」の柱となるのは、南北、米朝、日朝の緊張緩和・関係改善・正常化である。

そのゴールとなるのは、朝鮮戦争以来の敵対状況の終結、関係国が抱える懸念の解決である。

これが縦糸と横糸となることが「一体的・包括的構築」ということである。

(3)段階的措置による信頼醸成

もう一つの形容詞である「段階的」というのは、05年の6カ国協議共同声明、92年の朝鮮半島非核化に関する共同宣言、02年の日朝平壌宣言、00年と07年の南北共同宣言、00年の米朝共同コミュニケを基礎に、合意の積み上げを図ることである。

この「段階論」は、「当面、経済制裁を継続」という提起であり、非常に重要なポイントである。

この「呼びかけ」では、とりわけ05年の6カ国協議共同声明を重視し、「約束対約束、行動対行動の原則」の視点から経済制裁を合理化している。

05年の共同声明は、その具体化の過程で困難に直面し実を結んでいませんが、その原因は「行動対行動」の原則が守られなかったことにあります。

(4)敵対と不信からの転換をはかる

ここはとくに指摘しておくべき内容はない。

要するに、呼びかけのポイントは二つ。

6カ国協議の枠組みで議論を再開すべきだということ、もう一つは経済制裁は継続せよということだ。

なぜなら、それが6ヶ国合意に示された「行動対行動の原則」に合致するものだからだ。

ということになる。

関係国にも飲み込みやすい、きわめて現実的な解決策ということになろうか。