北海道AALAの理事をつとめる柿沢宏昭さんの講演がある。
バイオマス利用に関するシンポジウムの演者ということだ。入場は無料というものの、事前予約が必要とやや敷居が高い。
そこでとりあえずネットで勉強させてもらうことにした。
柿沢さんは北大農学部教授、いろいろの著書から判断するに、「森林管理学」という分野を専門とされているようだ。
今回の講演の予定演題は「北海道における持続可能な木質バイオマス利用」となっているが、究極の問題意識は「持続可能な森林管理」というべきかもしれない。
「持続可能」というのは、至れり尽くせり、償いを求めない森林管理ではなく、経営的にもペイし、自前で管理を続け人材も育成できるシステムを指すのだろう。
だがそれは可能だろうか。木質バイオマスは救世主となれるのだろうか。
まずは 「北海道の森林・林業・山村の再生に向けて」というレビューから。

日本の森林は伐り時
柿沢さんはなかなか商売上手で、最初の言葉が「日本の森林は伐り時」というキャッチフレーズである。
どういうことかというと、「日本の人工林は1,000万haにのぼり、年間成長量は6,000万㎥を超える」のだそうである。
私達が子供の頃、山は禿山で河川は荒れ、人々を苦しめた。私たちは木は貴重な資源、森林こそ大事な財産と教えられ、植林に励んだ。「緑の羽根」募金はその象徴である。
ところがある時を境に木材は売れなくなり、山は荒れ始めた。「割り箸論争」というのがあり、使うな、使えと両方から迫られて困惑したものだ。
ここにエコロジストが割り込んでくるから余計話が難しくなる。
だから私は前から主張していた。「世界の森林を守るのは環境の問題だ。しかし日本の森林を守るのは経済の問題だ。日本の森は人工林なのだから。手入れしなければ森林がなくなるのではなく、自然林になるだけだ」
すぐ話が飛んでしまう。
「伐り時」の話に戻ろう。柿沢さんの提起は「この資源を有効に活用することが課題となっている」ということだ。
これと関係するのだが、森林管理を林業再生と結びつけて考えようというのがもう一つの提起だ。
「これまでの森林管理は植えて育てることが中心課題であり、補助金の投入によって」支えられてきたが、果たしてそれでよかったのだろうか。
そういう赤字慣れが現場を無気力にし、林業の危機を増幅してきたのではないか…
そういう問題意識が根っこにあるのだろうと思う。
ここから柿沢さんの議論が本格的に始まる。

林業再生のための2つの前提と2つの課題
第一前提は持続的な森林維持体制の確立
第二前提は林業の人的母体(農山村)の持続性確保
課題の第一は林業コストの低下である。これにより価格競争力を確保するとともに就業意欲を高める必要がある。
課題の第二は需要の掘り起こしである。これまでは補助金にあぐらをかいた殿様商売を続けて販路を失ってきた。
①どこで、どのような材が求められているのかについてきちんと素材の供給側と需要側で情報を交換・共有し、両者がともに便益を得られるような取引をつくっていくことが重要
②品質のそろった材を大量かつ安定的に供給する能力も必要だ。
ということだが、これらは斜陽産業に共通の特徴である。アタリマエのことで、おそらくこれまでに語り尽くされてきただろう。問題はその先だ。

林業再生に向けて 下川町などの取り組み
下川町では森林認証を取得し、森林を活用するまちづくりとして木質バイオマス利用に力を入れ、エネルギー自給を目指した取り組みを行っている。
森林ツーリズムや森林療法など
森林の多面的な利用や環境教育などへの広がりを見せている。
黒松内町ではブナ北限のまちづくりに取り組んでおり、道東の標津町では河畔林の保護をルール化している。
これには専門的な人材と、多様な関係者の協力が欠かせない。まず重要なのは森林・林業の専門家の役割である。特に市町村など現場レベルでの人材育成に力を入れる必要がある。
最後に、「森づくりの基礎は人づくりであり、人のつながりづくりなのである」とあるが、混ぜっ返すようだが「人が欲しくなる」ような「必要づくり」が必要なので、これは林業の専門家が経営的センスをもって立案する他ない。
ただし計画が良ければなんでも成功するわけではない。天の利、地の利、人の利というものが必要になるだろう。
頑張っても成功するとは限らないが、頑張らなければ成功しないのは確実である。