2017年、ベネズエラ人民はどう闘ったのか

これは1月2日のテレスール(TeleSur 通信)に掲載された文章の要約です。原題は“ベネズエラ大統領マドゥーロの12の勝利ー2017年版(The 12 Victories of Venezuelan President Maduro in 2017)”となっていますが、多少表現を変えました。「12の勝利」のすべてがはたしてほんとうに勝利なのかよくわからないのと、ニコラス・マドゥロ大統領個人の功績よりもベネズエラ人民の闘いを引き出す形で紹介したかったからです。
要約とは言え、解説的なフレーズを加えたりすると、かなり長くなりそうです。とりあえず、本日は第一部として掲載します。

1.最初の攻撃: 大統領解任の企て

今のベネズエラ政府ほど、不当に中傷され攻撃を受けた政府はありません。それは「ボリーバル革命」を標榜してベネズエラの政治改革を創始したウーゴ・チャベス(故人)への攻撃をも凌ぐものです。

今、ベネズエラ政府は国内の反体制野党と、国外の親野党勢力の共通の攻撃目標となっており、とりわけ米国のトランプ政府の主要攻撃目標となっています。

1年前、2017年が始まるとすぐに、大統領に対する攻撃が始まりました。最初の攻撃は国会内の野党が仕掛けました。1月9日に野党はマドゥロ大統領が「我が国の大統領としての立場を放棄した」と非難し、大統領を「解任」することを決議しました。

この「国会によるクーデター」というモデルは、2016年にブラジルでディルマ・ルセウ大統領を追い落とすために用いられた手段です。(ブラジルではオリンピック直前に、進歩派の大統領が“職権乱用”という曖昧な理由で弾劾され、財界代表が大統領になりました。これを機に南米の政治状況が一気に悪化しています)

しかしこのやり方はベネズエラでは成功しませんでした。最高裁がこの決議を却下したからです。理由は「憲法の下で、国会は国民によって直接選出された首脳を解任することはできない」という立憲主義的な判断です。

国会の動きに対抗して、1月14日に「不可欠な反帝国主義的行動」と呼ばれる大規模な市民治安訓練が組織されました。ベネズエラ人民は「2002年4月のクーデターの再現は許さない」という決意を示すことによって、国会クーデターの試みに応えようとしました。
「行動」には軍兵士、民兵、社会人など60万人が結集しました。それは軍と市民勢力、ベネズエラ統一社会党(政権与党。以下PSUV)との団結を印象づけるものでした。

これが2017年の最初の攻撃と反撃でした。

2.反政府デモと対抗デモ

1月20日にワシントンで就任したドナルド・トランプはベネズエラの右翼を励ましました。ベネズエラの野党はこれに応え、1月23日にカラカスで大規模な抗議デモをしてマドゥロ政府を脅かそうとしました。

1958年のこの日は、独裁者マルコス・ペレス・ヒメネスの崩壊した日でした。つまり野党はマドゥーロ政権を独裁者に、みずからを民主派に擬したのです。(「1958年革命」については私のベネズエラ年表をご覧ください)

しかし、彼らの試みはみじめに失敗しました。

同じ日、政府は58年革命の英雄たちをあらためて祀り、PSUVは祈りを捧げる集会を組織しました。数十万人のカラカス市民が首都の道を埋めました。そしてチャベス主義が街を支配していることをはっきりと見せつけました。(ベネズエラではボリーバル主義というが、この記事ではチャベス主義に1本化する)

これが2017年の年頭における、二度目の人民の勝利となりました。

3.国会の「任務放棄」という違憲状況

最高裁は、国会が2016年以来「違憲」の状態にあるとの判断を示しました。これは直近の2015年12月6日に行われた国会選挙の際に、アマゾナス州での不正選挙の疑いが認定されたためです。

アマゾナス州では州政府の書記が、野党候補者に投票をうながすために、複数の特定グループに金額を渡していましたが、その合計を提供した記録が証拠採用されたのです。

アマゾナス州には3議席が割り当てられていますが、それは大きな意味を持っています。なぜなら野党が大統領の行動を制限する権限を確保するために、議席の絶対多数を確保できるかどうかを左右するからです。
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  アマソーナス州(ウィキペディア)
全土が熱帯モンスーンの樹林。面積は日本の半分。人口は14万人。うち州都に10万人。気の遠くなるような田舎である。

ところで、議会と最高裁の緊張はすべての先進国の民主主義システムの中で比較的頻繁に起こっています。たとえば欧州では、司法と立法府間で憲法紛争が発生した場合、最高裁判所が議会の権限を引き継ぐのが一般的となってます。

そして米国でも、ドナルド・トランプのような強引な大統領でも、最高裁判所の決定を守らなければなりません。これは最近の報道でもおなじみです。

4.反政府国際キャンペーンと「メディア・リンチ」

しかし野党勢力は議会と最高裁の緊張を利用し、「ベネズエラにおける民主主義の欠如」という国際キャンペーンを再開しました。

米国の新政権もこれと共謀して、反ベネズエラ攻撃を強めました。こうしてベネズエラ政府に対する巨大でグローバルな「メディア・リンチ」が始まりました。

ラテンアメリカとカリブ海諸国の主要メディアだけではなく、ロンドンのBBCやCNN、フォックス・ニュースなどの支配的なメディアも動員されました。

5.米州機構の干渉

ベネズエラの野党勢力は、国内紛争を南北アメリカの協議機関である米州機構(以下OAS)に移管することで、問題を国際化しようと画策しました。

OASの事務局長であるルイス・アルマグロは、その動きを拡大させ、「ベネズエラに対するOAS民主憲章の適用」を引き出そうとする嘆かわしい役割を引き受けました。カラカスは直ちに反撃し、ラテンアメリカとカリブ海諸国の大部分との外交的連帯を確保しました。

アルマグロ事務総長は不当な虚偽の議論を繰り返しましたが、それにもかかわらず、ベネズエラは決して中南米諸国の支持を失うことはありませんでした。

4月にベネズエラ政府は「ベネズエラの主権に対する侵入的行為」と非難しOAS脱退を決めました。しかしそのことによってベネズエラが孤立することはありませんでした。これは1962年にキューバが米州機構を除名されたときとは全く異なる状況です。(キューバ経済封鎖については拙著「キューバ革命史」をご参照ください)
ワシントンを発信地とするベネズエラ革命の敵は、ベネズエラ政府の事実と政治的誠実さに裏付けられた堅実な戦略によって敗退しました。

これが2017年の第3回目の勝利です。

6.裁判所が議会の権限を行使し立法を代行

3月29日、憲法裁判所は「国会の司法への侮辱と政治的無能の状況が続く限り、法の支配を確実にするために憲法裁判所が議会の権限を直接行使する」と宣言しました。これは国会が本来の立法義務を果たさないことへの警告でした。

反チャベス野党はこれを待ち望んでいたかのように大声で叫び始めました。「我々が助けを求めれば、国際的な軍事支援が寄せられるだろう」そして反逆的な計画を推進しました。
こうして長くて悲劇的な「グアリンバの危機」が始まりました。
GUARIMBA-1
guarimba:ベネズエラで10年ほど前から使われ始めた新語。選挙の不正に抗議する手段として野党系若者のあいだで認められている。参加者はグァリンベーロとなる。
7.グアリンバの危機

4月から7月の4か月の間、反革命主義者たちは政府に対する絶望的で残忍な戦闘攻撃を続けました。主として、国際的パワーによってドルを提供された反チャベス勢力である「正義第一」党と、その戦闘部隊である「人民義勇軍」が暴力を振るいました。

これらの右翼組織は同時に「不規則な戦術」を展開しました。彼らは組織犯罪者による準軍事組織、テロリスト、傭兵を使用することを躊躇しませんでした。彼らは神経戦・心理戦・恐怖戦と「民主的な」宣伝を担当するエリート専門家と一緒に組んで行動しました。

これらすべての作戦は、ベネズエラで民主的に選ばれた政権を打倒するという、病的で歪んだ目的を持っています。

暴力で酔いしれた暴動犯は、次々とベネズエラの民主主義を襲いました。病院、保健所、保育園、学校、高等学校、産科病院、食料品店、官公庁、数百の民間企業、地下鉄駅、バス、公共インフラなどが攻撃されました。
彼らが支配したブルジョアの居住区では、いたるところに立入禁止のバリケードが増えていきました。モロトフのカクテルを投げつける暴力グループは、治安警察を標的にしていました。5人の警官が射殺されました。カラカスの西側が高級住宅地です。ここでは市長も警察も反政府派です。

多くの「グアリンベーロス」は、公共の道路にピアノ線を張ってをオートバイを攻撃しました。憎しみと人種的な差別心にあふれた彼らは、若いチャビスタ(チャベス派の活動家)をなぶりものにしました。合計29人がリンチにあい、うち9人が死亡しました。反革命主義者が歓喜のうちに過ごした4ヶ月のあいだに、全体では117人が死亡し数千人が負傷し数百万ドルが失われました。
反政府派は資産を持つ白人です。チャベス派は貧しい有色人です。反政府活動には人種差別的な色彩があります。そこでは日本人は「名誉白人」となっているようです。

グアリンバと並行して、狂気のメディアキャンペーンが国際規模で続けられました。そこでは無実の人を殺し学校を破壊した人々が賞賛されました。病院を焼いた人が「自由の英雄」と持ち上げられました。
July 31, 2017AFP
           2017.7.30 AFP

7月30日の制憲議会の議員選挙が迫ると、野党はますます戦術をアップし過激な行動を提起するようになりました。彼らは軍事基地を攻撃するよう呼びかけました。さらに軍隊を正統な政府に立ち向かわせ、大統領宮を襲撃するよう呼びかけるなど、事実上の政府転覆作戦まで提起するようになりました。

クーデターを意図する極右集団は、内戦を開始し、市民連合を破壊し、ベネズエラの民主主義を破壊するためにすべての可能性を試みました。

それは裏返しの世界、すなわちポスト・トゥルース(事実を否定する真実)とオルタナティブ・トゥルース(事実でない真実)の世界でした。

(続く)