インダス文明を検討する上で肝心なことは、メソポタミアと並ぶ “The Cradle of Civilization” の名に値するか否かである。これが派生的なものであるとすれば、「4大文明説は崩壊する」というか、かなり条件的なものになる。
インダス文明の発展の構造はかなり跛行的で、植民地的進出の匂いが強い。メソポアミアからの人口圧力を受けての開発の可能性が捨てきれない。
例えば「肥沃な半月」から西方に向かったクレタ・イオニアなどとの類似性が見て取れる。
インダス文明の都市は、試行錯誤の跡がない。高度に洗練された高島平的な人工都市が突如として出現し、軍艦島のように忽然と無人化する。自力で造ったにしては不自然である。(永井俊哉ドットコム)
いっぽう、「ニッポニカ大百科事典」の記述は下記のごとくなっている。
インダス文明がどのように興起したのかは、文明の構造同様、不明な点が多い。かつてはメソポタミアないしはイランからの影響が重視されたこともあったが、なんらかの影響が西方から及んだことは否定できないにせよ、インダス川流域そのものにおいて独自の文明への胎動があったことは確かで…
このあたりの評価が一番の問題となるが、もしインダス文明が自生的な文明とは言えないとすると、発生学的な見地で見る限り、揺籃の地には加えにくくなる。
むしろ、文明の程度は低くても自生という観点を強調するのなら、メゾアメリカとアンデスを加えるべきだということになる。
しかし“大”という言葉にこだわるならば、4大文明という呼称は「旧大陸」という条件付きではあるが、依然として有力であろう。

自生性をきわめて厳密に解釈してインダス文明をオミットするなら、黄河文明もやや複雑な事情を生じる。黄河文明の所以である小麦栽培、青銅器、鉄器はいずれもメソポタミヤ=西域由来と考えられるからである。ただその場合でも、黄河文明は、ほぼ完璧な自生文明である長江文明と西域文明とのハイブリッドということになり、自生性はインダス文明よりは遥かに強い。
このあたりの評価はかなりの議論となるであろう。

そんなあたりも念頭に置くとするなら、「4大文明」説にあまり目くじら立てる必要はないのではないかと思う。もしそこで突っ張るなら、世界史の発祥の地はメソポタミア、メキシコ、ペルーということになってしまうが、そういう定義がはたしてどれほどの役にたつのやら、結局は自己満足に終わるのではないだろうか。