インダス文明 年表
インダス地図
     日本大百科全書(ニッポニカ より
メヘルガル文化
これはインダス文明に先行する小文化圏であるが、文明とは程遠い。
7000 初期食料生産期が始まる。メヘルガルⅠ期とも呼ばれる。土器をともなわない新石器時代である。文字群の解析などから、ドラヴィダ人が文明を担ったとされる。
インダス川流域の西方のバルーチスターン山地で、農耕文化が発掘されている。小麦・大麦の栽培も行う半定住生活、羊・山羊・牛の飼育が行われていた。
5500 領域形成期に移行。メヘルガルII期とも呼ばれる。土器をともなう新石器時代である。
4800 メヘルガルIII期が始まる。石器に併行して銅器が使用される。
3500 メヘルガルⅣ期が始まる。
3500 中東地帯でヒプシサーマル期(相対的温暖)が終焉。北緯35度以南の地域が寒冷化し乾燥化する。人々は大河流域に集中するようになる。この結果メソポタミア文明が出現したとされる。
3500 この頃から、遺跡分布が西部のバルチスタン山地からインダス川西岸に移動し始める。
イラン高原東部のドラヴィダ人がインド北西部に移住したとの意見がある。
ハラッパー文化の始まり

アーリー
             アーリー
3300 パンジャーブ地方のラーヴィー川河岸で初期ハラッパー文化が始まる。
ほぼ同じ時期にラージャスターン地方のガッガル・ハークラー川河岸でカーリバンガン文化が始まる。
3000 西方のバルーチスターン山地で、イラン高地の諸文化の影響が波及。
2800 ハラッパーでラーヴィー期に代わりコト・ディジ文化が始まる。遺跡の南東部などに集落は拡大し、周壁が築かれるようになる。
2600 メヘルガルⅦ期。イラン高地の陸路による交易が衰退。集落が放棄され無人の野となる。
狭義のインダス文明の始まり
マチュア
             マチュア

2600 ハラッパーで領域形成期が終わり、統合期(盛期)に移行。統合期はハラッパーⅢ期とも呼ばれ、A,B,Cの3小期に分かれる。狭義のインダス文明はこの統合期を指す。
2500 海岸沿いのクッリ文化が繁栄。このあとインダス文明と西方文明とは、主として海路を経由して交渉をもつ。
2500 モヘンジョダロが形成される。最大で4万人が居住。
2350 ハラッパーで生成期(ⅢA)を終え、最盛期(ⅢB)に入る。
2350 メソポタミアの文書で、インダス文明との大規模な交易が記録される。
2300 インダス川流域でも寒冷化と乾燥化が進んだという。
1900 ハラッパーⅢ期が終了。ハラッパーの最大時人口は推定8万人。
1800 インダス文明が最盛期を終え、衰退期に入る。インダス川の流路が移動したためとされる。メソポタミアとの交易も途切れる。
1800 モヘンジョダロが急速に衰退。洪水のためと思われる。
1700 ヴェーダ期が始まる。ハラッパー文化の拠点となった都市を墓地とする文化とされる。
1700 カティアワール以南に新たな文化域が登場。後期インダス文明からインド中西部の銅器文明へ文化が継承された。

ポスト
             ポスト
3枚の写真は時期ごとに遺跡をドットしたもの。アフガンの山から降りてきた人々がインダス流域に展開し、やがてパンジャブへと去っていった経過が良く分かる。日本焚火学会のページより転載。
アーリヤ族の侵入(侵攻ではない)
1500 300年にわたりインド・アーリヤ族の侵入が繰り返されたとされる。
都市遺跡の屋外部分から人間の遺体が見つかっていないので、その前に住民自身が都市を見捨てたと判断される。
1000 アーリア人が肥沃なガンジス川流域へ進出し、稲作を開始、定住生活を始めると共に、階層社会を形成した。
1000 インドに鉄器文明が到達。
1000 ヴェーダのあいだに新たな宗教が登場。後のバラモン教やヒンドゥー教の原型となる。
インダス編年表
       日本大百科全書(ニッポニカ より