夏・商・周に関する年表
これはこれだけ掘っていても大したものは出てこない年表だ。
このあたりの勉強の醍醐味は、一つは黄河文明を史記の世界へつなぐ作業になるだろうし、一つは統一国家を生み出すに至る経済的土台の検討であろう。
日本では縄文と弥生を分ける分水嶺として稲作・水田が重視されている。しかし世界的には石器から青銅器・鉄器への移行が決定的なものとされている。中国は古代黄河文明が連続的に統一国家へと移行していく。しかもその過程で稲作が麦作文明に従属していく。
現在、この分野で「国家的プロジェクト」が組まれ研究が進んでいるという。この成果を学んでいくこと(眉に唾つけつつ)がだいじであろう。
とりあえず「史記」的な意味での歴史を、こういう世界に踏み込む上での「常識」として身につけておくための年表としてあげておく。

BC7000 長江流域に初期稲作が登場。
BC.4000 華北平原および黄河流域に人々が定着。
BC.3000 仰韶文化が起こる。定義は混乱しているが、一応BC4000から2500あたりと見ておく。
BC2300 竜山文化登場。(これも仰韶同様に混乱)
BC.2070? 夏が建国される。陽城に都を構える。二里頭遺跡(推定人口2万人)に一致。
BC.1711 殷(商)が建国される。湯王が諸侯を率いて夏の桀王(酒池肉林)を滅ぼしたとされる。殷は後継王朝の周による呼称。都は亳(商城)に置かれた。考古学的には二里岡に一致。
1400 殷は王位継承の争いにより一時衰退。
1300 盤庚王(第19代)、殷の都を大邑商(殷墟)に遷す。このあと殷は最盛期を迎える。
1071 紂王、妲己を寵愛する
1056 周の文王、殷により幽閉され死没。周の武王、紂王(帝辛)の暴政に対し周を中心とする勢力を結集。
BC.1046 殷周革命。周(西周)が建国される。鎬京(西安)を都とする。
827 宣王が周王朝を復興,中央集権的政策を行う
BC.770 周の幽王が殺される。残党は成周(洛邑)に都を移し東周となる。平王が即位。春秋時代の始まり。諸侯は東周をたてまつり割拠。
707 楚の熊通、王号を冒し、武王と称す
周

679年 管仲を登用した斉の桓公が諸侯と甄で会盟し、覇者を称す。周王より伯(覇者)を賜る。
632年 晋と楚が城濮で戦い、晋が勝つ。文公は覇者となる。
606 北上した楚の荘王、洛陽で周の鼎の軽重を問う。
597 楚の荘王、晋を?に破り、覇者となる
575 晋、楚・鄭を?陵に破る
BC.551 孔子が誕生。老子はその50年ほど前とされる。
546 宋の向戌の提唱で、晋・楚・秦以下13ヵ国間に和平なる。以後、40年間、休戦
535 このころ 孫子(孫武)生まれる
506年 呉軍が楚の首都を陥落させる。
505 越が呉に侵攻。楚は秦軍の救援を得て呉を撃退。
BC.476 韓,魏,趙の三国に敗れた晋が消滅。盟主不在の戦国時代に移行。(一説に453年)

473年 越王勾践が呉王夫差を滅ぼし、覇者となる。
384 秦、殉死を禁止
359 商鞅の変法が実施される。
350 秦が咸陽に遷都,郡県制を施行。農地改革を断行し、度量衡を定める
318 韓,趙,魏,燕,楚の5国が合従し秦を攻めるが、敗れる。
316年 秦が蜀を滅ぼす。
260 秦が趙を長平で破る。白起が趙兵40万を坑殺。
257 秦、趙の都邯鄲を包囲 魏、楚が趙を救う。
230 秦が韓を滅ぼす。以後、趙、魏、楚、燕を相次いで滅ぼす。
BC.221 秦の始皇帝が中国を統一。