1.名誉革命とロック

ロックは17世紀のイギリス思想を集大成しただけではなく、それに自然法と社会契約という骨組みを与えた。

一言で言えば、人間には資産(Property)がある。資産を持つのは自然に与えられた権利である。これを社会の中で守るためには相互の契約が必要である。この契約を安定したものとするためには社会による保全が必要であり、このために国家(という社会形態)が設立されている。

これは国家形成の歴史から見れば、ほとんど空論であるが、出来上がった国家を主体的かつ合理的に運営するためには有効な議論である。

ただこれだけであったら、「そういうふうにも言えるね」程度の話であるが、こういう「契約社会国家」を壊すことは、契約で成り立つ社会そのものを壊すことになるのだから許せない、というところに話を持っていくのだから、俄然説得力を帯びてくるのである。

いずれにせよ、これは富裕層の論理であり、契約を旨とするリバタニアン・ビジネスマンの論理である。「必要なときはこちらから頼むから、お願いだから放っといてくれ。あまり目障りなら潰しちゃうよ」という上から目線の話だ。
2.ルソーによるロックの改作と「一般意思」

このままでは貧民が権利を要求する際の論理建てとしては使えない。そこでルソーが頭をひねった。

ルソーも人間は自然権を持つとし、それを守るために社会契約を結んだとする。ただ自然権というのは資産ではなく、「自由と平等」という抽象である。ここにはすり替えがある。

次に社会契約を結ぶのは人間同士ではなく、人間と社会とされる。社会というのは「全人民の団体たる国家」である。その社会には「一般意思」が形成され法律として体系化される。これが自然法であり、人はこの自然法に従わなくてはならない。つまり、政府・国家は一般意志に従わなくてはならないということだ。

ということで、ロックの自然法思想は換骨奪胎され、詭弁もどきの論理展開により、ほとんどその反対物に転化する。

そこには「一般意思」に名を借りた政府乗っ取りの狙いをはらんでおり、ロックの用心棒国家的思想とは様相を異にする「危険な思想」と化している。