リチャード・ウィルキンソン(以下RW)という経済学者がいる。1943年生まれだから私とほぼ同年代だ。イギリス生まれのイギリス育ちで、どちらかと言えば経済学者というより社会病理学者で、下記のプレゼンテーションで有名になった人らしい。

いかに経済格差が社会に支障をきたすか

これはグーグルでもYou Tubeでもすぐ出てくる。日本語訳までついてくるので大変ありがたい。

非常に説得力のあるプレゼンであるが、かなり畳み込んでくる。しかも最後はやや飲み込みにくい話も出てくるので、終わったあとさっぱり残らない。

活字人間向きに、多少の解説も交えて紹介しておくことにしよう。くれぐれも、これは解説であって転載ではありません。ただし異議があれば直ちに取り下げます。

Ⅰ 格差をめぐる三題噺
最初はGDPと寿命は関係がないという話、次が寿命は所得と関係するという話。そしてこの2つが前提となれば所得格差の少ない国ほど寿命が長いという話。これを統計的に証明する。

GNPと平均寿命

RWが最初に提示する図はGNPと平均寿命の相関で、相関がないことが示される。

所得階層と寿命

この図はイギリスに限ったものだが、所得階層ごとに寿命が決まっていることが明らかだ。最貧と最富者では7.5歳も違う。つまり寿命を決めるのは収入そのものではなく収入の相対ランクだということになる。それにしてもこの図を信じるとすればイギリスというのは相当ひどい国だ。私は71歳と2ヶ月。もしイギリスの最貧層ならもう間もなく死ななければならない。もし中流なら3,4年、うんとお金があればあと7年は生きられることになる。

2.貧富の差と病気や社会問題の関係


これから先のいくつかの図は国別に貧富の差と健康社会問題指数をプロットしたものである。きれいに相関しているが、日本が一番左端というのはにわかに信じがたい。
健康社会問題指数と格差

「平均余命…」というのは字幕が写り込んだもので関係ない。横軸は収入格差で右に行くほどひどいということになる。Index of health and social problems (社会病理指数)というのは、おそらくRWが下記の項目を元に作った計算式だろうと思う。
社会病理指数
これも上に行くほどひどいということになる。
これから先は社会病理指数の各個別項目について図を並べていくことになる。縦軸のベクトルが逆であることに注意。
格差と児童福祉

最初の図が貧富の差と児童福祉水準で。基本的には同じ傾向。日本が低格差にも関わらず低福祉なのは別の問題があるのだろう。これについてはRWが後でコメントしている。

ただこれらの傾向は先進国にのみ通じる話で、古典的な貧困が支配する途上国では別な話になる。


次にRWは、もう少し情緒的なデータを提示する。最初が格差と他人への信用率の相関をプロットしたもの。次が同じ調査を米国内の各州でプロットしたもの。

格差と他人信頼度

州ごと格差と信用率

米国でもきれいに相関がプロットされることに驚く。NC,AL,MSなど人種問題が絡むと下方に偏位するようだ。

次の図は格差と精神疾患の有病率との関連。どうでも良いがイタリアのノーテンキさは何だ。

格差と精神疾患

次が殺人事件との関連。青のカナダが赤のアメリカに彩りを与えている。

格差と殺人事件

次が格差と囚人数の関連。片対数グラフであることに注意。

格差と囚人数

次が高校中退率。こちらは米国内各州の比較である。

格差と高校中退率

次はちょっと難しいが、重要な図である。

アメリカは、「富の不平等はあるが機会の平等、アメリカン・ドリームは保障されている」と主張する。

この図の縦軸の社会流動性というのは親子の代が変われば社会的地位が変わる、つまり能力本位の世界になっているかどうかの指標だ。

明らかに格差とは負の相関を示し、米国は世界最低だ。

ここでRWは一言、「もしアメリカ人がアメリカン・ドリームを叶えたいのならデンマークに行くべきだ」と会場を笑わせる。

このあと、これまでの図の一覧が示される。

格差との相関一覧



3.格差をめぐる議論とRWの主張
ここまではほぼそのまま素直に飲み込める話である。
次に話はディスカッションに移っていく。

まず、RWはいくつかの作業仮説を提示する。

第一に格差が、社会全体の機能不全を引き起こすということ。

第二に格差を縮小するためのやり方には二つあるとしてスエーデンと日本を取り出す。

スエーデンはそもそも収入格差が非常に大きく、これを税金という所得再配分で調整する。

日本はそもそもの所得格差が低い。租税による所得再配分や社会保障もそれほど行われていない。

この2つの傾向はアメリカ国内各州の特徴付けでも当てはまる。

それはどちらであってもいいので、格差が少なければ良いのである。

次の図はやや意図的なものである。

横軸に親の帰属階層、縦軸に幼児死亡率をとったもので、しかもスエーデンとイギリスの比較を見たものだ。

所得階層と幼児死亡率

イギリスでは所得階層に従ってきれいな相関が見られるがスエーデンはほぼ無関係だ。もう一つの注目点はイギリスの最上層でさえ、スエーデンの平均死亡率より高いということだ。

理由は分からないが、最上層階級の人々にとっても格差のない世界に済むほうが得策だということを示している。

なかなか難しい図であるが、RWは幼児死亡率の他にも5つの指標を用いて、同様の傾向を証明したという。
4.格差と社会的ストレス

RWは次の議論に進む。

このことは格差社会がこのような社会の勝者に対しても悪影響を与えていることを示唆しているのではないか。

そしてその悪影響というのが社会的ストレスなのではないか。

そこでRWは次の図を示す。方法論的には若干疑問が残るが。

ストレスとコルチゾール反応

ボランティアにさまざまな社会的ストレスをかけて、どれが一番コルチゾール(ストレスホルモン)の分泌をもたらすかを検討したもの。

「社会的評価に影響をおよぼすようなタスク」の施行時にもっとも強いストレスがかかったことを示す。


最後にRWは二つの結論を語る。

一つはしっかりしたコントロールをとらなくても、バイアス因子を厳密に取り除かなくても普通に物が言えるデータというのはたくさんあるのだと言うことだ。

これには完全に同意する。数倍から数十倍の差がある群間比較に有意差検定など必要ないのだ。

もう一つは「格差減少のためになにができるのか」ということだ。

下の図がRWなりの答えだ。

解決法