聴覚の勉強を始める前に、すでにブルっている。
視覚のインテグレートの際にえらい苦労をした思い出が蘇ってくるからだ。
後頭葉の第Ⅰ野から始まって、第Ⅱ,第Ⅲと進むうちにワケが分からなくなってきた。
“WhatとWhere”の概念に引きずり回された。これはそもそもおかしいと思い始めた。Whatは代名詞であるが、Whereは副詞だ。これではアルゴリズムが成立し得ない。
そこで、Where と称するものの中身を吟味してみた。
最終的に気づいたのは、Whatというのは実体の認識であり、Whereというのは過程の分析であるということだ。
だからWhere(背側視覚路)はHowという方が正しい。そこには時間軸がふくまれてくる。
ということで、MT,MSTは視覚対象に動きを与える、言い換えれば時間軸を与える操作をしているのだと考えた。
それはいかにして行われるか。動画化だ。おそらく1秒に数十回の画像が作成される。それに見合った期間、MST周辺に「残像」として蓄えられ、次の画像にリレーされる。
これにより視覚は連続性を実現すると同時に、時間感覚を与えられる。
その結果視覚対象はどこからどこへ、どのくらいの速さで移動しているかが認知できる。
視覚対象に動きが与えられるということは、見ている主体にとって対象に意味が与えられるということでもある。意味が与えられないのはゲルストマン徴候の特徴である。ただその意味についての吟味は前頭葉の助けが必要となる。アパシーは頭頂葉の責任ではない。
視覚に時間軸が与えられることは、文字を読む上でも必須の条件となる。
これにより文字群を一連のシリーズとして認知できることになる。そして視覚が時間軸を持つことにより、時間軸いのちの聴覚性言語との結合が可能となる。
それは角回のウェルニッケと隣接した頭頂葉領域で行われることになるだろう。

と、まずはここまでの勉強の成果をおさらいした。
今度はこれを聴覚の側から見ようというのである。いかに気の重い作業であるかがお分かりいただけたであろうか。


10月4日
高次視覚の話は流れを重視したために、記憶に頼って書いてしまった。その後読み直すとかなり間違があったので補正する。


視覚には4つの視覚野が存在する。順を追って説明する。

A 網膜

最初の二つは別に難しくない。まず光刺激は網膜上に像を結ぶ。これ自体がデジタル画像だ。視神経の末端が張り巡らされ、それぞれが一つの画素となり全体として一つの絵を構成する。デジタルカメラと同じである。

この画像(画素の集積)は外側膝状体に集約される。大脳新皮質のない生物では画像は直接中脳へと送られる。高等動物ではシナプスを変えて後頭葉の視覚野に投射される。

B 第一次視覚野(V1とV2)

後頭葉の後端に画像がそのまま再現される。なぜ二度手間をかけるかというと、画像を高次処理するためである。

V1では白黒画面となり、V2がこれに色彩や質感を与えるようである。むかしで言うテクニカラーの要領かと思われる。

これから先は、不確定で用語も一定しない。一応ウィキの説明に従うと、V3(3次視覚皮質複合体)で画像は使用目的に応じて二種類にわけられる。

これを腹側路、背側路という。多分最初にできたのは腹側路だろうと思われるので、そちらから先に説明する。

C 弁別視覚(What系)

高次視覚がなぜ必要かというと、見えたものから生物にとって情報を取捨選択するためだ。いずれにしても画像は極端に圧縮される。作業用メモリーの容量に規定されているのだろう。高次だからきれいというわけではない。

高次視覚には二つある。一つは自分が注目しているものが何者かという情報である。そしてもう一つはそれがどう動いているかという情報だ。

前者をここでは弁別視覚と呼ぶ。私の造語である。

これはV3,V4で行われる。V3は本来こちらの機能であったのが、背側路の分岐点ともなった。これが腹側路の方が古いとする根拠である。

弁別視覚には立体視も入るらしいが基本的には「パターン化」だ。それが「シンボル化」されれば文字を読むことにもつながる可能性がある。

これは後下側頭連合野に像を結んだあと、最終的には海馬に蓄えられ、過去の経験と突き合わせて弁別される。このあたりは嗅覚の弁別機序と似ている。

D 動態視覚(Where系)

もう一つの高次視覚が動態視覚である。これも私の造語である。

こちらの視覚はV3からニューロンを受けてMT野(V5ともいう)に向かう。みっしりと高速神経(有髄線維)が立ち並んでいて、多くの場所に神経がつながっている。

ここがもっとも問題の場所で、少し詳しく話しておく。

まず結論から言うと、背側経路は画像の“動画化”の機能を持つのだろうと思う。すなわち連続した画像を流すことにより、画像情報に時間軸を与えることである。静止画と比べた動画の長所は色々ある。思いつくままにあげてみよう。

1.絵の中の目的とするものが動く。「どこ」だけをとってみても、どこから、どこまで、どんな速度でと色々だ。

2.時間経過が分かる。いつから、いつまで、

3.変化がわかる。何が何へ、どのように、

4.見ている本人の変化がわかる(客観的座標があれば)。眼球がどの位置で、どの傾きで、どこを向いているかなど

これはじつはどの文献にも書いてないことだ。

動態的視覚はものを見て識別するという視覚本来の機能ではない。視覚に動態感覚を与えるためには静止画像をつなぎ合わせ“動画化”することが必要だ。

静止画像は「残像」として短期貯蔵される。その間に次の静止画像がインプットされれば、画像は連続画像となる。走馬灯のようなものである。

ではMT野でどのような作業が行われているのか。これは実のところよく分からない。だから上に述べたことはただの当て推量だ。

いくつかの知見を紹介しておく。

これはMT野というよりもう頭頂葉だが、AIPというエリアが見つかった。ここでは視覚が運動と結びついて「どう体を動かすか」という作業が行われているらしい。これを視覚的コントロールと呼ぶ。これに隣接するCIPでは立体視に関わっているという。