エムデンの bio を知ると、どうもリップマンの影が漂う。
ここからはまったく私の想像だが、
第一次大戦が終わる頃、キール大学のマイヤーホフが乳酸説を唱えた。それは一世を風靡しノーベル賞が与えられた。それより前から解糖系に取り組んでいたエムデンとしては面白くない。
そこで乳酸説を批判しつつ独自に解糖系のステップ作りに取り組んだ。
マイヤーホフはベルリンに出たあと、29年にフランクフルトに作られた研究所を任される。エムデンはご近所さんになったマイヤーホフとは口も聞かないという態度を取ったそうだ。
マイヤーホフは乳酸説を否定されるという経過を経て、好気性呼吸との接点を探る方向に転換していく。
ところが、細胞呼吸は先輩ワルブルグの専門領域だ。
そこで登場するのがリップマンで、エムデンをはじめ諸方面との調整を図る。意識的にそうしたかは知らないが、結果的にはそうなっている。
1933年になって、ナチが政権を握ると反ユダヤ攻撃が始まる。エムデンが最初の標的となり、授業にユーゲントが殴り込み、エムデンは講義ができなくなった。そして夏には突然死する。
ワルブルグとマイヤーホフはなお国内に留まるが、中堅研究者はアメリカ・イギリスへと逃げていく。
その中でリップマンは、研究者の知的結集を図ったのではないか。
エムデンの解糖系の骨組みを酵素の発見で補充し、乳酸→アルコールのしっぽを外し、これにエムデン・マイヤーホフの名を冠した。
ピルビン酸からクエン酸への反応過程をアセチルCoAで解き明かし、ワルブルグらの呼吸回路とつなげながら、これをワルブルグの弟子クレブスの功績に帰した。
これでエムデン派の顔もワルブルグ派の顔も立つことになる、ローマンはATPでやっていけばよい…
というのが、目下の私の推理である。

The Roots of Modern Biochemistry--Friitz Lipmann's Squiggle and its Consequences
という本がある。
グーグルブックスでかなりの部分が読める。今アタック中だが、過去の経験から言えば多分挫折するだろう。誰かが手を着けてくれないかな、と願っている。

関連記事