蛇の第二嗅覚系(ヤコプソン器官)の勉強

「蛇の舌は嗅覚」(星野一三雄さん)を読んで勉強しなければ、と当たってみた。

もちろん私の目的は嗅脳→大脳の発生学的機序を知りたいので、嗅覚そのものにさほどの興味があるわけではない。

さらっと勉強してみた結果、ヤコプソン器官は進化史上のエピソードに過ぎず、さほどの重要性はないことがわかった。

動物にとって必要な感覚は、すでに魚類の段階で一通り出揃っている。そこには嗅覚もふくまれている。

2015年09月26日三脳構造仮説を魚で考える より

3.終脳(従って嗅覚)が良く発達した魚の例としてはウナギやアナゴ、ウツボやマダイ、クロダイがいます。夜行性や暗い海で生活するタラはこの代表例です。魚では嗅覚の役割が大きいようです。


もっとも重要な感覚が視覚であることは魚類の時代から定まっている。
ただ、生活域が多様化するに従い、視覚が駆使できない場面も生まれてくるわけで、従来型の感覚をモディファイしてこれを補っていく必要が出てくる。

こんなことではないだろうか。

だいぶ長い前置きになった。

それでは「ヤコプソン器官」の説明に入る。

1.名称のいわれ

まず「ヤコプソン器官」のいわれだが、これはL.L.Jacobson (1783‐1843)という学者が発見したためである。“b”の音は“ぷ”と発するらしい。デンマーク人の解剖学者らしい。

英語では“Vomeronasal Organ”日本語では鋤鼻(じよび)器官というが、こんな名前は覚えないほうが良い。

2.解剖学的説明

鼻腔の一部が左右にふくらんでできた嚢状の器官である。

嗅覚機能を持ち、嗅球の後部内側の副嗅球からのびた鋤鼻神経に支配される。

ヤコプソン器官は、通常の嗅覚のように吸い込んだ空気に反応するわけではない。ヤコブソン器官に接するのは口の中の空気である。

門歯の裏側の上口蓋に鼻口蓋管という管があり、鼻腔とつながる。ここから入る空気を感受するのである。

上にも述べたとおり、ヤコブソン器官で発生した臭い情報は、鋤鼻神経を経由して副嗅球に至るのであるが、それで嗅神経に合流するかというと、そうでもない。

話をわかりやすくするために、中枢側から流れを追ってみよう。

嗅神経が枝分かれして、在来線は嗅球駅から篩骨というトンネルを通って嗅糸球(鼻の一番奥)に達し、そこから嗅覚受容細胞へと枝分かれする。これに対し嗅神経の支線は副嗅球という駅から鋤鼻神経を通ってヤコプソン器官(鼻中隔)に達するということだ。

川上の方もややこしい。副嗅球から嗅神経に合体するようにみえるが、実は並走しているだけなのだ。ヤコプソン系の嗅覚は扁桃核,分界条を経由して視床下部に達する独自の経路を持っているらしい。

ヒトを含む霊長類では、胎児期に発生したのち退化消失する。鼻口蓋管は骨口蓋の前部にある切歯管としてなごりをとどめている。

3.ヘビのヤコプソン系嗅覚

ヘビは聴覚はほとんどなく鼓膜も欠く。嗅覚は鋭敏でヤコプソン器官が発達している。

ヘビの舌は細長く先が二分されている。これを出し入れしてにおいの微粒子を口内に取り込む。

ひっこめた舌の先端は正しくその開口部にあてがわれ,捕捉した嗅物質を感覚上皮(嗅上皮)に送りこむ

口内に取り込まれた微粒子は鼻口蓋管を経由してヤコプソン器官に接触する。

鋤鼻器は鼻腔と完全に連絡を絶っており、口蓋にのみ開口部を持つ。

舌はまた空気の振動や流れ,温度差などをも感じとるとされる。
蛇の舌
(ニシキヘビには上顎に左右3対の赤外線センサーもあるそうだ。ほんと、いやな奴だね)

4.ヘビ以外の
ヤコプソン系嗅覚

ヘビがすごいことになっているので、ほかの爬虫類も…と思いきや、事情はなかなか複雑である。

トカゲ類・ヘビ類を含む有鱗目では鋤鼻器が非常に発達し、嗅上皮よりも主要な嗅覚器官となっている。

ところが、現生爬虫類を構成する4つの目のうち、カメ目・ワニ目では鋤鼻器はほとんど消失している。ムカシトカゲ目では内鼻孔に開口する盲嚢でしかない。

(爬虫類のうち絶滅群は別掲とされており、恐竜目・翼竜目・魚竜目・鰭竜目・獣形目が設定されている。これらについては後日勉強)

鳥類は、飛行への寄与の少ない嗅覚はほとんど発達せず、鋤鼻器は消失している

ところが、哺乳類ではふたたびヤコプソンが機能し始める。しかしそれはきわめて特殊な儀式的な機能である。

哺乳類の鋤鼻器は一般的な嗅覚を感じるのではなく、フェロモン様物質を受容する器官に特化している。

ほとんどのグループで鋤鼻器が発達し、鼻中隔の前下部に存在する。そして鼻口蓋管と呼ばれる管で口蓋部に開口する。

フェロモン物質を鋤鼻器に取り入れる際、イヌやウマなどの動物ではフレーメンと呼ばれる独特の表情をする。

4.味覚と嗅覚の関係

なぜヘビの時代にこれだけ発達して、その後退化してしまったのか。この辺についての説明は見当たらない。

そこで想像してみる。

感覚は、魚が陸上に上がり両生類→爬虫類と進化する中で意味合いを変えてくる。

外的刺激と感覚器の受容とをつなげる媒体が水から空気に変わったということは、感覚受容体のあり方に根本的な変化を促した。

それはとりわけ嗅覚において顕著だったであろう。

サカナでは基本的に味覚と嗅覚は同一の機序であるはずだ。化学物質の刺激が受容体によって感受され、神経刺激となって脳に送られることに変わりはない。

ただ嗅覚は味覚より遥かに微量の物質に感応しなければならない。したがって味覚の中枢である後脳ではなく、嗅脳という装置を形成し、シナプスを変えて前脳(視床)に至るのである。

5.
ターボ・プロップの発想

その差は陸上に上がると一気に拡大する。味覚は引き続き液体を対象とするのに対し、嗅覚は空気を対象とするようになる。液体クロマトグラフィーと ガスクロマトグラフィーの違いだ。ところが初期のガスクロは液体クロマトの装置を流用しただけで、ひどく性能が悪かった可能性がある。

その懸隔を埋めるために生み出されたのが第二嗅覚系たる「ヤコプソン器官」なのではないか。要するにジェット機の時代にターボジェット・エンジンを作れなかったソ連が、ターボ・プロップでしのいだみたいな話しだ。
(とはいえツポレフは4つの同軸反転プロペラを持ち、最大巡航速度が925km/hという名機であった)

ただそれは生物進化の一時的な寄り道に過ぎなかった。正規の嗅覚がよりいっそう鋭くなり、視覚機能がより高度化する中で、第二嗅覚系の必然性は薄らぎ、やがて退化していく。 

という筋書きを考えたのだが、いかがであろうか。
多分結構いい線をいっていると思うのだが、そうすると次の難題が出てくる。本当に嗅神経の性能は爬虫類→哺乳類のあいだに大幅アップしたのだろうか。もしアップしたとするなら、それはどういう技術革新によるものであろうか。
悩みは尽きない。