これらの機能は聴覚や視覚よりも遅れて発達したのではないかと思う。

なぜなら聴覚も視覚も前脳・中脳・後脳という三脳構造の中にしっかりとハマっているからだ。それに引き換え嗅脳は宙ぶらりんだ。これには魚の時代から三脳構造ができあがっているところに、陸に上がってから急に嗅覚が大事になったので、外付けで嗅覚用の脳をこしらえたという事情があるのだろう。何かを流用した可能性もある。

もうひとつ、聴覚・視覚は感覚だけを脳に伝え、その情報への評価はあくまでも脳が行うが、嗅覚については好きか嫌いかという価値判断を伴って伝えられることだ。

だから良い音楽や良い絵画というのは人によってずいぶん違うが、香水が良い香りで、うなぎの蒲焼きが美味しそうな匂いで、おならが臭いのはすべての人間に共通する。

そこには脳の別館みたいなものがあるのではないか、国内の支店のように現地の生情報を上げても仕方がないので、そこでいったんレポートの形にして上申するということだ。

第三に、終脳を持たない動物にあって、そこにあるのが嗅脳だからだ。前脳の別館として嗅脳ができたのなら、それと同じようにして大脳もできたのではないか、と考えるのはきわめて自然だ。あるいはひょっとして嗅脳そのもの、あるいはその一部が大脳にまで肥大していったのではないか、というのもあながち妄想ではあるまい。
これらは、自説である「三脳説=大脳派生説」の必然的方向である。

ということで、その発生のあたりから調べてみたい。