何気なく本棚の一冊を手に取った。
有斐閣新書「マルクス…著作と思想」という入門書だ。1982年の初版で私のもっているのは第4刷、85年の発行となっている。非共産党系マルクス主義者の集団著作だ。
おそらく「療養権の考察」を書いていた頃に買った本だ。かなり読み込んだ形跡があるが、「考察」の参考文献一覧には入っていない。独自的意味はないと判断したのだろう。多少「忖度」したかもしれない。
しかし冒頭の望月清司さんの文章はいま読んでもなかなか良いものだ。
考えてみると原光雄さん、三浦つとむさんから始まって、ずいぶん「異端」の文章に影響を受けている。
人間的諸活動を労働過程と享受・発展過程、社会的活動を生産活動と生活過程の統一として考えるのは中野徹三さんの影響だし、受苦と欲望を人間的発展の二つの動因と考えるのはルカーチの影響だ。

当時、私の積み重ねた「学習」の目的は、客観的には「共産主義読本」をいかに合理的に読み解くかということにあった。感想的結論として、「共産主義読本」は度し難い「スターリン的・非レーニン的文書」だと判断した。大きな声では言わなかったが、批判的に読むべきだということを示唆した。

70年代後半から80年代前半にかけては、そういう批判を許容する時代の雰囲気もあった。そのあと理不尽な反動がやって来て、理論課題が組織問題であるかのように攻撃され、かなりの人が「民主的軍国主義者」の犠牲になった。丸山真男が突如攻撃され、古在由重が除名され、「冷戦は終わっていない」と宣言された。
誰かが同志Mの認知症につけ込んだのだろう。

もちろん「異端」を自認する人の多くは「反スタ・スターリニスト」である。かつての北海道AALAの幹部であった中野徹三さんが、いまも進歩的な政治的役割を果たしているとは思えない。しかし本業のところでは傾聴すべきかなりの意見があることも事実であろう。