一応、宮川論文は読み終えたが、感想すらも述べることができない。

肝心なことが何一つ分かっていない。

とにかく調べなければならないことが山ほどある。

とりあえずはそれを書き出しておこう。

第8稿について初めて日本で論じたのが、大谷之介さんで、その論文は1984年の発表である。

2014年05月25日 ネットで読める大谷論文一覧 を参照のこと

そして2008年に第2部準備草稿が刊行された。

しかし、大谷さんの論文から30年経った2014年でも、宮川さんの論文を見る限りまだ決着はついていないようだ。


わからない用語集(主にウィキから拾ったもの)

資本の循環 過程論

ウィキでは、資本の循環とは

①資本家が貨幣で商品を購買する購買の段階(これも流通過程)

②資本家が商品を生産する生産過程

③資本家が商品を販売する流通過程

三つの過程を循環するという資本の運動を指す。

と説明されている。

かっこよく書くと次の通り

G(貨幣)─W(商品)…P(生産)…W’─G’

G―W が①、W…P…W' が②、W’―G’ が③に相当する。

うむ、そうか。②と③は問題ないが、①は世間一般から見れば流通過程の一風景ではあっても、資本家にとっては生産過程というか生産準備過程みたいなものだ。

だから①も流通過程だとするウィキの説明は間違い(一面的)なのだ。

これから起業しようとする資本家にとっては会社の看板を掲げた日が創業記念日だ。

「資本論」というのは富の生産を論ずる本なのだから、基本的には資本家の目で論じなければならない。世間(商人)飲めで論じてはいけないのだ。

ただ1回目の投資と再生産の投資とは変わってくるだろうがそのへんはよく分からない。

商品資本の循環図式

別に難しい話ではない。

最初の貨幣の循環過程は①から始まって②,③を経て①に戻る。

これを商品の立場から見ると、まず③から始まり①、②を経て③に戻るだけの話である。

貨幣から始まるのを「形態Ⅰ」、商品から始まるのを「形態Ⅲ」という。生産からだと「形態Ⅱ」ということになる。

ただし詳しく話せば大変なようだ。なぜならそこには生産と次の生産のあいだの継ぎ目部分(生産物と生産物の交換)がふくまれているからだ。

その継ぎ目部分を説明するために、第2部第三章が「商品資本の循環」(形態Ⅲ)にあてられている。

いずれにしてもここまでは「言葉」だけだ。

結局言いたいのは、生産品が別の生産品と交換されそれが生産資本となる「継ぎ目」となるゆえに出てくる特徴だ。

それは①一般流通過程(総流通)の中で、②貨幣(非資本財)を仲立ちとして、③一般的(消費的)売買と混在しながら、④商品対商品として、すなわち剰余価値をふくむものとして相対する。

これを全体として見れば、流通過程が再生産過程の媒介として機能していることになる。


「貨幣=ヴェール」観

この見出しはウィキにはない。

コトバンクに世界大百科事典からの引用がある。

A.スミスからリカードへと,価値論にもとづく分配論の体系化が進むにつれて,貨幣に関する議論は経済システムにとって本質的でないような扱いとなった。

貨幣は単に実物の交換取引を容易にするための手段であり、雇用や生産、消費などの経済行動に影響を与えることはないとされた。

そして実体経済をおおうベールのようなものにすぎないということになった。これを「貨幣ヴェール観」と呼ぶ。(世界大百科事典)

これではさっぱりわからない。

同じコトバンクの「貨幣ベール説」には、以下の説明がある。

貨幣は実物経済のうえにかけたベールのようなものにすぎず,実物経済の動きを円滑にはするが,その本質にはなんの影響を与えるものでもない。

経済現象の本質を明らかにするには貨幣というベールを取去って,実物経済それ自体を分析しなければならないという考え方。

貴金属ないし貨幣こそが富と考えた重商主義に対する反動の強かった古典学派の時代からケインズ革命にいたる頃まで有力な貨幣説であった。 

何という分かりやすい解説! vもmも使わなくても、ちゃんと説明できるのだ。ブリタニカ国際大百科事典からの引用だそうだ。

これはについてはマルクスもその通り考えていたと思う。

そこまで言いながら、貨幣資本が生産資本となっていく「変態」の場面では、実物経済学者たちが貨幣と流通過程にしばられてしまっているという矛盾も、浮き彫りになってくる。

スミスのドグマ

この言葉はウィキにもコトバンクにも出てこない。経済学一般に知られた言葉ではなく、資本論研究者のあいだの「業界用語」のようだ。

宮川さんがアダム・スミスのドグマというのには価値「分解」説と価格「構成」説がふくまれているようだ。

このうち価格構成説については当初よりマルクスは批判的であるが、価値「分解」説については第8稿で初めて克服できたというのが宮川論文のキモである。

これによって初めて再生産論が十全なものとなったということらしいが、いま考えると、とんでもない論文を読んでしまったことになる。


その他、宮川論文には

循環-再生産論

資本循環と一般的商品流通との重層性

生産物の“転態

可変資本-労賃関係把握

個人的消費の循環

貨幣還流法則

資本-収入の相互転化とその把握

資本の費消

などの「術語」が並んでいるが、ネットでこれらの言葉を探すのは困難であり、言葉として熟しているとは言い難い。

業界内部の言葉を「常識」のごとく使われるのには参る。しかしそもそも出処が「業界誌」なのだから文句を言っても仕方ないか。

とりあえず、宮川論文はこれで一旦おしまい。