Ⅳ どこからマルクスの考えが変わったか

やっと最終章までたどり着いた。

「拡大された視野」への転換時点はテキスト文脈上どこであろうか? というようなことだから、ここはあまり難しい話はなさそうだ。

1.旧来の認識層から「分水嶺」へ

文学的な標題だが、「どこから変わり始めたか」という話らしい。

宮川さんはここだと断定している。

第8稿第3篇第19章第2節「アダム・スミス」の4項「A.スミスによる資本と収入」の記述が終わったところ。そして「5.総括」が始まる時点。

ここでマルクスはこう書いている。

ばかげた」価格「構成」説が「よりもっともらしい」価値「分解」説定式から生まれてくる。しかしこの価値「分解」説もまた誤りである。

これを宮川さんは以下のごとく解説する。

価値分解説というのは(生産物の)交換価値のうち、成分 v を労賃に「分解」する操作そのものである。

これがよく分からない。たしかにいきなり労賃が出てくるのはおかしいといえばおかしい。貨幣資本は剰余価値を生む商品である労働力商品と交換されたのであり、貨幣資本という資本形態が労働力という資本形態に“変態”されたのである。

ただ現象的にはたいした違いはなさそうだが…

とにかく、宮川さんは第3篇第19章第2節の第4項と第5項の間に明確な切断面があると強調する。

第19章第2節の「1.」〜「4.」までは,第1稿以来踏襲されてきた価値「分解」説の受容もしくは留保的立場に止まっていた。

しかし同節「5.総括」にいたると,評価の決定的転換が起こる。そして価値「分解」説および資本-収入転化命題にたいする踏み込んだ批判がくだされる。

果たしてこの「分水嶺」がどれほどまでに重要なものなのか、このへんはとりあえず宮川さんの意見を拝聴する他ない。

2 線分分割の比喩

3 編集手入れによる異なった認識層の混交

このあと、エンゲルスの編集がいかにこの切断面を覆い隠したが語られるが、ややこしい話なので省略する。


まとめに代えて

ここから宮川さんはかなり大胆な議論を始める。

ここまでの議論にまったく同感というわけではなので、と言うより良く理解できていないので、御説拝聴にとどまるが。

A. 第8稿は古典派スミス・ドグマ再生産論に対する反逆であり、マルクス独自の再生産論樹立の歩みである

つまり、第8稿以前の再生産論は第8稿に照らし合わせて再構築しなければならないということである。

B. 1861-63年草稿は、ケネー経済表研究とスミス・ドグマ(v+m)の批判的摂取を中核としていた。

C. 資本論第1部刊行のあと着手された第2稿 (1868 - 70 年)では、第1稿の考察を継承しつつ再生産過程の把握を試みた。

それはスミス・ドグマの枠組みに制約されていた。すなわち

①消費手段部門から始まる社会の3大取引

②貨幣ヴェール観に基づく貨幣還流運動で締め括る構想

③それを支える資本-収入転化把握および価値「分解」説の受容と適用

がそれである。

D. 第5稿〜第7稿 (1876 - 1878年) では、第1篇資本循環論の彫琢と仕上げがなされた。

これは古典派スミス・ドグマ再生産論への反逆の準備であった。

資本循環と一般的流通との連繫が「同時重層的」関係として確定された。

これにより貨幣資本や商品資本をめぐる貨幣・商品機能と資本性格とのあいだの区別・関連づけが明瞭になった。

この宮川論文でもっとも力を入れているところである。同時にもっとも難解な部分である。

あらためて読み直してみても核心は良くわからず、挑戦的で無内容な形容詞だけが踊る。

E. 宮川さんの最終的結論ということになるが、スミス・ドグマの否定は第5稿〜第7稿における資本循環論の仕上げと,第8稿における価値「分解」説の決定的払拭という三段跳びでなし遂げれられた。

ただこの論文では、第5稿〜第7稿で資本循環論をゴシゴシやった理由とか、きっかけについては触れられていない。

最後に宮川さんはいろいろな理由を上げて、“混乱の責任を編集者エンゲルスに負わすことはできない”としているが、内容的には間違いなくエンゲルスに負わせている。