宮川 彰 『資本論』第2部について―スミス・ドグマ批判によるマルクス再生産論の形成  2014年

の読書ノート

Japan Sciety of Political Economy の特集論文である。

はじめに

MEGA第Ⅱ部第11巻が2008年に刊行された。ここには第2部準備草稿がふくまれる。

ついで第4.3巻が2012年に刊行された。

これにより未公表だったマルクスの最晩年の資本論 準備草稿が出揃った。

これにより。第2部をめぐる議論が再燃して いる。

本稿では課題を 限定して,『資本論』第2部形成史に絞り込む。

断続説と継承説

マルクスは晩年の十数年間、第2巻に関連して1868-1881年の第2稿から最終第8稿にいたる諸草稿を書き連ねた。

これらの草稿の相互関連については、「断絶・飛躍」ととるか「継承・拡充」ととるかで多くの議論がある。

最初の火付け役は大谷禎之介であった。彼は当該メガ巻 の編集分担責任者であった。

彼は11巻の『解題』を共同執筆しただけでなく、独自の視点で『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡―メガ第II部門第11巻の刊行によせて―』(2009)を発表した。

大谷は

① 2巻補筆の契機は資本循環論もし くは可変資本-労賃関係把握の仕上げであった

② その際、「貨幣=ヴェール」観に基づく貨幣媒介の組入れ処置の克服が課題となった。

③ 資本循環は個人的消費の循環と絡み合い条件づけ合いつつ、独自の自立的循環=再生産過程を繰りひろげるのだが、それはいかにして達成されるのか

が主要な問題意識となったと言う。

そしてその考察の過程で、第2稿から第8稿(再生産論)への飛躍があったと考える。

これは宮川彰、伊藤武ら形成史学者と意見を同じくするものである。

これに対して谷野勝明は「再生産論形成をめぐる諸問題について―第2稿・ 第8稿断絶説批判―」(2011)を発表し、包括的な批判を行った。

その主要な論点は

① 資本-収入の絡み合いの分析が変わっていない

② 再生産論分析基準・貨幣媒介の捉え方に抜 本的な前進がない

③ 第2稿第三章「再生産の実態的諸条件」と第8稿第三章『社会的総資本の再生産と流通」とを比較すると、再生産論の課題の転換があったとはいえない。

以上より、第2稿 から第8稿への連続継承性が存在すると主張した。

この意見には水谷謙治、早川啓造、富塚良三らが賛同している。

 

Ⅰ 問題の所在

1.エンゲルスの編集者「序言」

『資本論』第2部と第3部の材料は,第1稿から第8稿まで8つの草稿である。
 

第1稿

1864~65年執筆

第2稿

1868~70年執筆

第3稿

1868 年執筆

第4稿

1868 年執筆

第5稿

1876~80年執筆

第6稿

1876~80年執筆

第7稿

1876~80年執筆

第8稿

1877~81年執筆

エンゲルスはこの草稿を次のように割り振った。

第2部

第1篇(資本循環) 第4稿と第5,6,7稿

第2篇 第 4 稿と第 2 稿

第3篇(再生産) 第2稿と第8稿

「編集者」エンゲルスは次のように語る

「第3篇は,マルクスにはどうしても書き直しが必要 だと思われた」

そのことを知っているので第8稿を主体としたのである。エンゲルスは、諸知見の吸収があまりにも膨大で、未消化に終わっており、そのために理論展開に齟齬が発生していることを告白している。

2.資本論第2部と第3部との矛盾と不整合

齟齬の理由は執筆年代を見れば明らかである。第2部が書かれたのは3つの時期に分かれる。

第1稿は1864~65年執筆に執筆されている。第1部が書き終わり、自動的に第2部の執筆に入ったのであろう。

1867年に資本論第1部が出版され、いよいよ本格的な執筆に入ったのが68年から70年にかけての第2~4稿であろう。

ところが順調に行っていたはずの第2部出版は突如ストップする。

おそらく、並行して進められていた第3部の執筆が壁にぶち当たり、そこを突破するには第2部から書き直す必要に迫られたためであろう。

いろいろ考えて、第2部から書き直さないと第3部は書けないと悟ったマルクスは、第2部の書き直しに着手する。それが第5~第8稿の草稿となる。

と、ここまでは私の説明。ここから宮川さんの文章に戻る。

3.アダム・スミスの価格「構成」説の否定がきっかけ

宮川さんによれば、流通過程に関するマルクスの考えが転換したのは、スミスの価格「構成」説に対する評価が変わったためである。

この先の話は難しすぎて理解困難であるが、宮川さんの文章を引用しておく。

マルクスは(当初)「スミスのドグマ」をスミス言説に忠実に以下のように定式化した。

「すべての商品の,したがってまた年々の商品生産物の価格は,労賃,利潤,および地代という三つの成分から構成され,またそれら三つの成分に分解される」

しかしマルクスは第8稿において、価値「分解」説は容認するが価格「構成」説は批判している。(らしい)

さらにマルクスは、以下のごとくスミスを批判する。

スミスの価格「構成」説は現象皮相的で 不合理である。 これにくらべて価値「分解」説は“より、もっともらしい”。

スミスの価格「構成」説は価値「分解」説に由来しているが、導出の方法は「その逆は逆」という古典派の「決まり文句」に過ぎない。

これを「資本-収入相互転化」の関係といい、最終的な古典派批判の仕上げの要をなしている。

宮川さんによれば、

マルクスは第1稿および第2稿では価値「分解」説と資本-収入転化把握とを受け入れたが,第8稿では,「まったく誤りである」,とそれを批判した。

そして、この最初の受容と、のちの否定が第2部形成史の歩みの軸線をかたちづくっている。

とし、彼が「断絶」説に立つ所以としている。

「おぉ、大変だ!」とため息が出る。

続きは明日。