と言いつつ、手のつけやすそうなやつから読み始める。

『資本論』第3部第1稿について-オリジナルの調査にもとづいて-


これが論文シリーズの第1号のようだ。1982年9月とある

81~82年の調査旅行。モスクワのML研で第3部の「主要原稿」の解読文の検討を行い、その後,IISGで『資本論』第3部の草稿を調べた。

成果は以下のとおり

(1)現行版の「第1章」の「第2稿」および「第3稿」,それに,この両稿のあとに書かれたとふられる断稿,この3つの草稿を検討し、現行版との関係を明らかにし得た。

(2)現行版「第5篇」のための草稿のほとんど全文を掌握することができた。「第19章」にあたる部分の全文も把握できた。

(3)現行版「第7篇」のための草稿を,ほぼすべて掌握することができた。

現在残されている第3部の草稿は,まったくの準備稿を含めると、11項目12点にのぼる。

そのうち,第3部のテキストとして書き始められたしのは4つで,そのうち現行版の編集に使用された3つの草稿には、エンゲルスによって「第1稿」,「第2稿」,「第3稿」と書き込まれており,残りの1つには「不使用」と書かれている。この4つの草稿はすべてIISGに所蔵されている。

第1稿は4束に分けられている。第4束がもっとも厚く、第4章、第5章、第6章がふくまれる。

中略

マルクス,第3部の第4章を書き始めた時点では,この章で商業資本と利子生み資本との両者を論じるつもりでいた。第4章を書いている途中に、両者を2つに分けて商業資本を第4章、利子生み資本を第5章(現行版第5篇)で取扱うことに変更した。

この分離の過程は、第三部の中断を伴うものであった。

『資本論』第2部の「第1稿」が書かれたのは,『資本論』第3部第2章の執筆の過程で、第3部の第4章が第4章と第5章とに分割される前のことであった。

(前か後かについては議論があるようである)

マルクスは第2部「第1稿」のなかで,金銀のもつ貨幣資本としての機能能力という問題の考察は第3部第4章に属すると述べている。これは第3部第4章が構想されていたことの傍証ではあるが、すでに書かれていたことの証明ではない。

(第2部問題はとりあえず省略)

第4章の最後は第5)節であるが、「5)商人資本の貨幣蓄積の特殊的形態は次章ではじめて考察される」と書かれ、内容は欠如している。

つまり、第4章の5)節として構想されていたものが、新たに章立てされたことになる。

(それだけではない。一つの節に過ぎなかった内容が、やや未整理なまま、膨大な論究となって膨らんでゆく。
しかも、そこからふたたび第2部の草稿に戻っていく訳だから、マルクスとしては第5章の中に本来もっと展開すべきものを内包していたと考えるべきであろう。
もしマルクスが元気だったら、第5章は「資本論第4部」になっていたかもしれない)

後略